蒼の国回想編-Dead or Alive Recollection/Stormy Night-
美枝と佐知子が出掛けてしまい、一週間もの自由な時間が出来たことに僚一は少々浮かれ気味であった。

何をするにしても誰の目をも気にしなくていい現実に久し振りに魂が開放されたかのように

のびのびとしていくのがわかった。

女性陣を空港まで送って行った帰り道に4人でレストランに寄りながらわくわくとした様子で

僚一は言った。

「なっ麗、今夜さ、、こいつら寝かし付けたら久し振りにさ、、、、こんなチャンス滅多に無いじゃん!

すげぇ久し振り、この自由な感覚ー。な、だからさ遼二寝せたらお前んトコ行くからさ、、、」

少々そわそわとしながらそんなことを耳打ちしてくる僚一に麗はくすりと微笑むと

「だ〜め!倫は俺がいないと寝れないから・・・」

あっさりとしたそんな応えに僚一は半分繭を顰めると

「何でぇ、つれないなあ・・・子供なんてすぐ寝るっつうの・・・・」

家の玄関の前まで来てまだぶつぶつと文句を言っている僚一にくすくすと笑いながら麗と倫周は

手を振った。

「じゃあ遼二くん、又明日ね。明日は皆でサッカーしような!」

「うーんっ!じゃあね麗おじさん、りっ君、おやすみなさ〜いっ!」

さっさと玄関に入って行ってしまった麗の後姿を見送りながら僚一はふてくされたように呟いた。

「何だよ、あの態度!愛想ねえよなー・・・全く、折角のチャンスだってーのに・・」







夜半になって少し遠慮がちに玄関のドアのノックされる音に麗は はっと目を覚ました。

いつものように眠る前の倫周との愛欲の行為は、美枝がいない安心感もあってか今宵は殊更に

激しくのめり込んだことで少々疲れを伴ったのか、うとうとと眠り込んでしまったのだった。







「何だよ、、、こんな時間にィ、、、、」

麗は半分面倒くさそうにしながらも、やはり仕事柄か直ぐに服を着込むと鋭い視線でモニターを

覗き込んだ。



なっ・・・僚一・・・?



麗は半分呆れた様子で玄関の鍵を開けた。

「よぉ〜、お待たせっ!遼二やっと寝たからさ・・・お前ンとこは?倫くん寝た?」

僚一はまるで悪気のなさそうにひそひそ声でそう尋ねると、呆れながら立ち尽くしている麗を

いきなり抱き締めた。





「麗・・・・」





もう我慢出来ないといったように縋るようにくちつ゛けて。

「やっ・・やめろよ、僚っ・・・まずいって・・・・倫がっ・・・」

慌ててそう言ったが僚一は既に自らの世界に入り込んでしまっているようで・・・

「何で?もう寝たんだろ?じゃあ大丈夫、子供なんてそんな簡単には起きねえよ・・・・」

「やっ、ちょっと待てって、おい僚っ、、、」



あ・・・っ・・・・・



激しく身体中を弄られて麗は一瞬意識が遠くなるのを感じた。

酷く久し振りのその感覚が、一瞬のうちに昔を思い出させるようで・・・

「やっ・・やだ・・・僚っ・・・やめ・・て・・・・・」

「何でだよぉ、、、やっとこうしてお前と抱き合えるってのに何でそんなに逃げるんだよ、、、?

なあ、素直になれよ麗、、、倫くんのことなら大丈夫だよ、、、もし心配なら遼二と一緒に俺の

ウチに、、、、」

そう言い掛けたとき、後方から響いてきた小さな足音に2人は一瞬ぎょっとしたように固まってしまった。





「パパ・・・・?」

そこには一糸纏わぬ姿で幼い倫周が立っていた。

「りっ・・倫っ・・・・・・!」

「パパ、おしっこ・・・」

ふらふらとリビングの衝立の向こうから現われたその姿に麗はとっさに倫周を包み込むように

抱き締めて・・・

「倫くん何か着なさい、、、こんな格好でお部屋を歩いちゃだめだよ、、、、」

ものすごく慌ててしまって、声までもがうわずってしまって・・・

麗は倫周をトイレに連れて行き、寝かし付けたところでリビングに待っている僚一のところに少々重たい

表情でやって来た。

しばらくは会話も無くて。





「外、出ろよ、、、」





低い声でぼつりとそう言った。

先を歩く僚一の後ろ姿に何と言い訳しようなどという考えさえも浮かばなくて。







「どういうつもりだ」

険しい顔で僚一は言った。

「どういうつもりだって聞いてるんだよっ!なあ麗っ、何とか言えよっ!」





「・・・・・・・・・・」





何も言わずにただ下を向いている麗に僚一は かっとなって食らい付いた。

「なあ、まさかだと思うけどよ、、、お前まさか息子を抱いてるなんてこと、、ねえよな、、?

なっ、、、麗、、違うよな?そんな大それたこと、、いくらなんでも、、、、」

僚一は自分の口にしたことを否定するように、そわそわとしながら麗の返事を待っていた。

誤解だというたったひと言を待っていたのに。

「関係ないだろ・・・」



え?



「そんなことどうだっていいだろ、俺と倫が何しようと僚一には関係ないって言ったんだ・・・」

「なっ、、、お前、、、ほんとにそんなことしてんのかよっ!?おい麗っ、、、ふざけんなよっ、、、」

そんなことを認めた麗も”関係ない”という言葉も何もかもが信じられないといったように

僚一は荒がって麗の襟元を掴み上げた。

だが瞳を閉じて顔を背けたまま麗は何も言わずに、ただ黙って繭を顰めているだけだった。

僚一は掴んでいた襟を放すと震える声で麗を問い正した。

「何、、考えてんだよ、、お前、、、、お前絶対おかしいよっ、、、普通じゃねえよっ、、、そんなのっ」

がたがたと震えながら驚愕の瞳を向けてくる僚一に、思い切ったようにすると麗も思いの丈を口にした。

「仕方・・ないだろっ、こうするしかなかったんだよ俺にはっ・・・お前にっ・・・・魅かれて・・・

辛くて苦しくて、どうしようもなくてっ・・・こんなに近くにいるのに触れることさえ出来なくてっ・・・

いつもいつも美枝の目が気になってっ・・・俺はもう美枝といることさえ苦痛になって・・・・

なのにお前はいつも余裕でっ・・・佐知子さんとも結構うまくいってるふうで・・・・

お前らが仲よさそうにしゃべったりしてるのなんか見るとどうしようもない位辛かった・・・

お前はいつも明るくて楽しそうで何にも悩みなんかなさそうでっ、さっきだってそうだよっ、

今日から久し振りに自由だからーなんて。お前にとったら俺たちの関係なんてそれ程度のもんだろ?

そんなふうに気軽に楽しむ程度のもんなんだろうけどっ・・・俺はそういうの耐えられないんだっ・・・・

俺にとっちゃそんな気軽なもんじゃないんだよっ、お前を忘れる為にどんだけ苦しんだと思ってんだ・・

何にもわからねえくせにっ・・・・偉そうなこと言うなよっ・・・」

「な、、に言ってんだよっ、、、、何勝手なこと言ってんだ、、しょうがねえだろ?俺たちは出逢ったときには

もうお互いに結婚してたんだからっ、、どうしようもねえだろうがっ、、、、

俺だって気軽になんか思っちゃいねーよっ、けど、、、じゃあいつも辛そうな顔してりゃそれでいいのかよっ」

「そんなこと言ってんじゃないよっ・・・」

「じゃどうすりゃいいんだよっ、佐知子と離婚すりゃいいのかっ!?だいたいっ、最初に子供作ろうなんて

言ったのはお前の方じゃねえかよっ、俺は、、、俺はー、、、

はっきり言ってあんとき離婚考えてたんだ、このままずっとお前と佐知子の両方といつも近くにいるなんて

耐えられないって、いつかきっと行き詰まるときが来る、だったら思い切って今別れちまった方が

佐知子も傷が浅くて済む、今のうちならって、、、、ほんとにそう思ってたんだ、、、なのに、、、」





「僚・・・?」





「お前だって俺のことなんか全然わかってねえよ。明るくしたのが悪いのかよ?楽しそうなのの

どこが悪いんだよっ、辛いからって暗い顔してりゃもっと辛くなる、、、少しでもよくなるようにって

俺だって我慢して明るくしてきたんだっ、、、それのどこが悪いってんだよっ」

「ご・・めん・・・・そんなの知らなくて・・・お前がそんなふうに思ってたなんてぜんぜん気が付かなかった。

でも、もうどうしようもないじゃん・・これからはお互いパートナーとしてだけ・・・・」

そう言い掛けて。





「なん、、だよ、、、それだけかよ、、、どうしようもないからこれからは普通のパートナーとして?何だよ?

パートナーとして、それだけの関係に戻って今までのことすべて忘れようって?そう言いたいのかっ!?」

「・・・・・・・・・・だってそうするしかないだろ?お互いにもう子供だっているんだ、今更離婚するわけにも

いかない・・・そうだろ?だからいっそ仕事上の関係ってだけに・・・」

「ばか野郎っ、、、」







------気が付いたら俺は麗を殴っていた。

     悔しかった、あっさりとそんなことを言う麗が。今までのことをそんなにも簡単に流せてしまう麗が。

     そして恐らくは俺のことなんかよりも自分の息子に夢中な麗が、痛い程伝わってきて。

     麗は何も言わずにただ黙ってうずくまってた。俺に殴られた頬もそのままに、こっちを向こうともせずに

     ただうずくまって------






「そんなに倫くんに夢中なのか、、、、?」



「え・・・・・・・・・?」



意表を突かれてようやくと麗は僚一を振り返った。

「倫くんがいるから、、もう俺とのことは忘れられる、、、そうなんだろ?」

麗はほんの一瞬驚愕のように瞳を歪めるとすぐに又下を向いてしまった。

「今はいい、それでお前が幸せでいられるんだったらもう何も言わねえよ、、、

けど、よく考えてみろよ。これから先、倫くんがもっと成長して、いいことも悪いことも全部わかるように

なったとき、どうすんだ?お前。ずっとこのまま、幼いままでなんていられないんだぜ?

倫くんが自分のしてることに気がついちまったとき、傷つかないって保障もねえしよ。

なあ、麗、、、」



「いいんだ・・・そんな先のことなんて・・・・

どうだうっていいっ・・・倫は俺のものだっ、今も・・これから先もっ・・・・俺だけのもんだっ・・・・・」



「麗っ、、、!」

一目散に麗は走り去って行った。

誰の言うことなど何ひとつ耳に入っていないといったふうに、ただ走り去って行った。

例えそれが僚一からの忠告であったとしても・・・

心から自身を心配をしてくれる親友の言葉であったとしても、この時の麗には何も耳に入りはしなかった。

自由だった頃、そう遠くない昔のことが嘘のように、互いの間には深い溝が広がっていくのを感じていた。