蒼の国回想編-Dead or Alive Recollection/SAD Story- |
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「ねえ僚、今日の夕飯さ・・・」
楽しそうにそう声を掛けようとした柊 麗の瞳に飛び込んで来たその光景にほんの一瞬翳りが差した。
それは机に向かってそわそわと何かを書いている鐘崎 僚一の姿だった。
あの紙・・・FAX・・・・佐知子さんに書いてるのか・・・
それを瞳にした瞬間に麗の心は何かに掻き雑ぜられるように酷い痛みに襲われた。
そうなんだ・・僚は俺だけのものじゃない・・・
もともと俺のものなんかじゃなかったのに・・解っていたのに・・・・どうしてこんなに胸が痛むんだっ・・・・・
夜半になって麗は僚一の寝室へと向かった。
すやすやと深い眠りについている逞しいその腕に頬を寄せた途端にぐっと涙が込み上げてきて
止められなかった。
「、、、う、、んっ、、、」
何かの気配に はっとしたように僚一の神経は飛び起きたようになって。
「あ、、ぁ、、なんだ麗か、、、どうした、、?」
そう言った瞬間に麗は僚一にしがみ付くと、きつく、苦しいくらいにきつく抱きついた。
「僚っ・・ねえお願いっ・・・俺を殴ってっ・・・・」
「なっ、、麗、、、?」
「お願いっ・・・早く殴って・・・じゃなきゃもっと酷いことしてもいいっ・・・・
強姦でもいい、何でもいいから、殴っても蹴ってもいいからっ・・・・」
「何言って、、麗、、、どうかしたのか?又嫌な夢でも見た、、、」
「いいからっ・・・早くしてっ・・・・・・・・・」
僚一は戸惑った。急にそんなことを言う麗が、又いつかのように大きな瞳に切なさをいっぱいに
溜め込んで縋ってくる様子にまだあの事件が忘れられないのだろうかとそう思って。
「どした?又何か辛いのか?ん?麗、、、、?」
僚一の腕につかまりながら麗は激しく頭を横に振った。
違うっ・・そうじゃない、俺が苦しいのはそんなことじゃないんだ・・・・
お前がっ、お前が佐知子さんにFAXを書いているそんな姿が痛くって・・・・・
だからっ・・・
だから酷いことしてっ、お願いっ・・辛い方がいいっ、痛い方がいいっ、いっそ何も考えられなく
なるくらい酷い目に遭わせてくれたらっ・・・・・!
「ねえっ、殴ってよ、、、僚、、、、僚っ、、、、!」
まるで錯乱したように取り乱す、そんな麗に驚愕の思いで戸惑いながらも僚一は荒がる細い身体を
ベッドの上に組み敷いた。
「落ち着けっ、麗、落ち着けよっ。」
がくがくと肩を揺り動かして。
自分を叩く両の手を取り上げると頭上でひとつにまとめるように僚一は麗の腕を縛り上げた。
「あぁっ・・僚っ・・・・そう、もっともっと俺を苛めて・・・酷いことしてっ・・」
そう言いながら白い頬はぐっしょりと涙で濡れていた。
「麗どうしたんだ、、なあ麗、、、?」
僚一は麗の耳元に顔を埋め、軽く唇を這わせながら穏やかに包み込むようにそう尋ねた。
やさしく傷を癒すようにそう尋ねたのに・・・
「いや・・だ・・・・やさしくしないで・・・・お願い僚、もっと酷いことして・・・」
そう言う言葉があんまりにもしつこくて。
僚一は麗の白い頬を軽くひっぱたいてみた。
「・・・あっ・・ぁ・・僚・・・・・・・・・そう、もっとして、もっと強く殴っていいよ・・・・」
麗はまるで至福というような表情を浮かべて。
ぱんっ、と音を立てて逆の頬をも叩いた。
「あ・・うれし・・・・僚・・僚っ・・・・・」
もっと、もっと、もっともっともっと、、、、っ、、、!
「いい加減にしろっ、麗っ!しっかりしろよっ、どうしたんだよ急に!?」
そう怒鳴ると一瞬浮かべた衝撃のような瞳がすぐににやりと笑みを浮かべた。
「はっ、何だよ意気地なしっ、、、何びびってんだよ?お前は俺を殴ることも出来ないの?
ふんっ、、弱虫、、、見損なったね。」
そう言ったと同時に麗はさっき僚一が縛った両の手で思いっきり殴りかかってきた。
その力は凄まじく、本気で殴ってきたのが分かった。
休む暇もない程にたて続けに僚一を殴って。
「いい加減にしろっ、、、!」
気が付くと僚一は麗の白い頬を本気で殴り飛ばしていた。
まるでノックアウトされたボクサーのように麗はベッドに倒れ込み・・・
白いシーツには切れた唇からの血の痕が点々と飛び散っていた。
がっくりと麗は動かなくなって。
れ、、、い、、?
「おいっ大丈夫か麗っ、、、れ、、、い、、」
あはは・・・・
「そう、これでいいんだ・・・もっと殴って・・僚・・・・・・りょ・・」
「どうしたんだよっ、なあ麗っ!しっかりしろよっ!」
理由が解らずに僚一は荒がって麗の細い肩をがくがくと揺すった瞬間にぼろぼろと零れて落ちた
真珠の粒のような涙に一瞬ときがとまるような感じがした。
麗・・・・?
「僚、僚、、、お願い俺を抱いて、、、抱いてよ僚っ、、、、」
ぼろぼろと流れ落ちる涙は尚も止まらずに。
「どうしたんだ麗?又 何か辛いのか?ん?」
「FAX・・・」
え・・・・・・・?
「FAX送った・・・お前が・・・・・」
「FAX?」
僚一は一瞬はっとしたように麗の顔を振り返った。
「FAXって、、、お前あれを見てたのか、、?」
麗は何も言わずに。
只黙って俯いていた。ぱたりぱたりと涙の粒が白いシーツに落ちる音だけが響いて。
「あれを気にして?それでそんなに、、、?麗、、、
だって仕方ねぇよ。俺んトコに佐知子から来たFAXがもう10枚もたまっててさ。あんまり返さねえって
いうと変な心配するだろ?ほら、俺たちの仕事ってよ、死と向かい合わせだからさ?
だから、、、」
「いいんだ・・ごめん、僚は悪くないんだ・・・ただ俺が、つまらない嫉妬なんかして・・・・」
そう言うと麗はくっと顔をあげて縋るような瞳で僚一を見上げた。
「けどっ、だけど辛いんだ、解ってるけど辛くてどうしようもなくって・・・忘れたかったんだ、
僚は俺のものじゃないって現実を・・忘れたいからっ・・・・・」
帰りたくない、日本になんか。考えたくはない、日本で自分を待っている女がいることなんか。
お前の言うように死と隣り合わせで、いっそ本当に死んでしまえたらっ・・・・・!
NYの夢のような日々。誰からも咎められることの無い、何からも束縛されることの無い自由な日々。
初めて組んだパートナーとの永遠に訪れ得ぬ至福の日々が、、、
静かに終わりを告げたのはそれから間もなくのことだった。 |
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