蒼の国回想編-Dead or Alive Recollection/倫周6歳- |
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麗の息子の倫周が6歳の誕生日を迎える少し前のことだった。
それは或る朝のこと。
美枝が佐知子と共に朝早くから出掛けていたその日、久し振りに朝寝坊をした麗がトイレに
行こうとベッドから起き上がったとき。
しくしくとすすり泣く声にその声のする方向へ辿って行くと洗面所の前で下半身を裸にして
泣きながら立ち竦む幼い倫周の姿があった。
「倫?どうしたんだお前そんな格好で・・・」
そう言った瞬間、倫周はびくりと肩を竦めるようにしながら驚愕の瞳を向けてきた。
「倫どうした・・・」
あっ・・・・
倫周の様子に麗はくすりと優しく微笑むと小さな肩を包むようにしながら抱き締めた。
「大丈夫だよ倫くん。パパがすぐ綺麗にしてあげるから。なっ、だからもう泣くな。」
ぽんぽんとやさしく肩を叩いて。
どうやら倫周は寝小便をしてしまったらしく小さな手にぎゅっと握られた下着を隠すようにしながら
どうしていいかわからずに泣き出してしまったらしかった。
ここしばらくずっとしていなかった寝小便をしてしまったことが余程ショックだったのか、倫周は
麗に似た面差しの美しい顔を歪めながら泣いていた。
この歳になって、とはいうものの、幼い倫周にとって”掃除や”と呼ばれる麗たちの稼業はその心に
安堵をもたらすにはやはりいい環境とは言えなかったろう。
無意識のうちに常に不安が付き纏うそんな環境はたまの寝小便くらいあって当たり前の酷なものに
違いはなかった。
麗は終始やさしく、倫周を風呂場に連れて行きよく身体を流してやるとすぐに洗濯物に取り掛かり、
美枝が帰って来る頃にはお漏らしをした事実はすっかり跡形もなくなっていた。
「ね、倫くん。ママには言わなくていいよ。パパも黙っててあげるから!今日のことはパパと倫くんの
2人だけの秘密にしような?」
「ほんと・・・?パパありがとう・・・」
「よしよし、絶対にママには言うなよ?」
「うん、パパもね?倫くんを怒ったときとかにばらさないでよ?」
「はははっ、そんなことしないって。心配すんな。」
幼い倫周がそんなことを気使った、そんな事実に麗は少々胸を痛めながらも自分に置かれた環境の
中で、それでも麗は精一杯幼い我が子に愛情を注いでいた。
これはパパと倫くんの2人だけの秘密にしような。ママには絶対に言うなよ?
そんな合言葉のようなものがお漏らしだけのことだったならそれは極めて普通の、或いは普通以上の
温かい家庭の優しさ溢れる父親の言葉だったろう。
だが皮肉にもこの日をきっかけに麗と幼い息子、倫周の間には以後免れ得ない慟哭の
運命が待ち受けることとなる。
麗が懇親の思いを込めて付けた名前、倫周の「倫」とは人としてあるべき道という意味合いの。
それはNYで僚一に溺れた自分への戒めの意味をも込めて選んだ名前。
この子には俺と同じような辛い恋をして欲しくない。普通に恋して普通に生きられるように、
人としての道を外すことの無いように、そういう願いを込めて付けた名の、自らの手でその意味を
踏み外すことになろうとは麗自身にも予期は出来なかった。
僚一に魅かれ苦しんだ慟哭の傷口を更に押し広げてしまうようなそれは
近親相姦と呼ばれる名の不幸な運命の波は高々とうねりを増しながら麗と倫周を呑みこむべく
その勢いを増していた。 |
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