蒼の国回想編-Dead or Alive/Rind-
12年前 NEW YORK------







「じゃ頼んだぜ僚一!ぴったり30分後にココを訪ねるように言ってあるから、あとよろしくなっ!」

「ああ・・・オッケー。」

タイムズスクエアと呼ばれるこの地区のちょっと年季の入ったそのビルの一室で俺は唯ひとりを

待っていた。

そう、これからお互いのすべてを預けることになる唯ひとりの相手を・・・





Bi・・Bi・・Bi・・





半分音の外れたような呼び鈴の音と共に寸分の狂いもなくそいつはやって来た。

柊 麗、今日から俺とコンビを組むことになる相手だ。



がちゃり、と重い鉄のドアを開けるとそこにはまるで女と見紛うような美しい細身の男が立っていた。

「よ、よぉ・・・ぴったりだな・・・」

そう言って鐘崎 僚一は手元の大きな銀の腕時計に目をやった。

「入れよ、、、」

そう言われて細身の美しい男は無言のまま部屋へと入って行った。

「さすがだな、時間ぴったり、30秒と狂っちゃいねえぜ?

あぁ、俺は鐘崎 僚一。聞いてるだろうケド・・ま、これから宜しくなっ!」

そう言って手を差し出したがその美しい男はまだ無言のまま透き通るような大きな瞳だけを僚一の

方へ向けた。

「柊、、、柊 麗だ。こっちこそ宜しく・・・」

「あ、、あぁ、、、宜しく、、、、」





それが初めての俺たちの出逢いだった。

麗を初めて見た瞬間、そのあまりにも整い過ぎた、まるで女のような顔立ちに正直俺は一瞬息を

呑んだ。透けるような肌と珍しい薄紫の瞳、それに眩いばかりの栗色のロングヘアが目に焼きついて

俺は一瞬目眩のような感覚を覚えたんだ。

人見知りだったのか、麗は自分の名前と、そのあとにひと言だけ宜しく、、、と言っただけで言葉数は

少なくちょっと緊張したのを覚えてる。

こんな奴とこれからずっと相方をやっていけるんだろうかと。



俺たちの仕事は通称”掃除や”と呼ばれている、いわゆる裏稼業だった。

警察庁からの極秘の要請で盗まれたある情報の行方を探る為に俺はNYへ飛ばされることになった。

そしてこのときから今まで一匹狼でやってきた俺に相方が付くことになったんだ。

独りで取り組むには大掛り過ぎるこの仕事に警察庁の古くからの友人に半ば強引に押されるようにして

俺はコンビを組むことを承諾した。

俺たちのような裏稼業の連中は一匹狼でやっている奴も勿論いたが、体外はパートナーを持っている

ケースが多かった。だが、そのパートナーがしょっちゅう変わる奴が多かったのも確かだった。

この仕事には危険が伴う。銃器類の扱いは勿論のこと、すべての感覚が研ぎ澄まされたこの世界で

心から信頼し合えるパートナーに巡り逢えるなんてそう滅多なことではないからだ。

麗は俺よりは一歳年下だったが、俺たちは共に結婚したばかりで、だから日本に新婚の妻を

残して来ている、そんなよく似通った環境が不思議な縁で結ばれているようにも感じられなくは無かった。





麗とはその日から一緒に生活を始めたが、相変わらず言葉数の少ない上に特に俺に気を使うといった

様子も無く、かといって俺に警戒心があるふうでも無い、透けるような美しい薄紫の瞳はいつも何処か

遠くを見ているようだった。

それでもいざ仕事となると一瞬にして研ぎ澄まされたような神経を張り巡らせて、鋭く意思のある瞳は

普段とはまるで別人のものだった。俊敏なその行動は正に野生動物の如くで、だが仕事から

離れた途端に瞳が透過していくそんな様はまるで気紛れで高貴な猫といった感じだった。

そんな不思議な奴だったが俺にはこの麗がどうしても悪い奴には感じられなくて、それは本能だったのか、

何も話さなくても解り合える、そんな魅力を持っていた。

そんな麗の性質にも馴染んできた頃だった。

毎度一緒に囲む朝食の卓の上でお互いに嫌味を言い合ったりもするようになったその頃。





それは9月の激しい雨の晩だった。ビルの谷間に落雷の轟音が響く中、夕飯の買い物から帰ってみると

麗が部屋に居なかった。特に何の違和感も抱かずにそのうち帰って来るもんだろうと軽く夕飯を

作り始めた。だがしばらくしても麗は帰って来なかった。

さすがに夜半になる頃には少々心配にならなくも無かったが、まあ子供じゃあるまいし、格別の

違和感も感じられずに独りきりの夕飯を済ませてちょっとした調べ物をしていた、そんなとき・・・

がちゃがちゃと乱暴に鍵の開けられる音がして、いささか繭を顰めながら入り口の方向を振り返った俺は

信じられないようなその光景に一瞬我が目を疑った。

身体中のあちこちに引っかいたような無数の傷痕と痣をいっぱいにし、引き裂いたような白いシャツには

タールのような泥の跡、割合しっかりした作りのデニムまでもが擦り切れて、そこにはまるで溝ネズミの

ように汚れた麗が立ち竦んでいた。