蒼の国回想編-Dead or Alive Recollection/Plight-
そうして2人は共に配偶者を連れての香港行きとなったのだった。

早いものでNYから帰国して以来、もうふた月もが過ぎようとしていた。

僚一と麗は日本での休暇中に一度だけ仕事と偽って2泊の旅に出掛けていた。

宿に着くと2人は狂ったように求め合って。

特に麗の方はそんな想いが激しかったようで何物もが瞳に入らないといった様子だった。

そんな麗を僚一は痛く心配していたのだったが。

僚一の方はさすがに麗と美枝の夫婦の間程、酷い隔たりは無かったようで、それは再三に渡って

送り合ったFAXのせいもあったのか、だがやはりその心はすっかりとは晴れなかった。

そうしてずるずると流れ行く時に半ば押し流されるようにしながら重苦しいときを過ごしていた2人に

新たなる運命が訪れたのは麗の放ったひと言からだった。





「なあ僚、、さ。子供作らねえ?」





え・・・・・・?





「だからさ、子供。俺このままだとやばいって思ってさ。お前だってそうだろ?

特に俺はそう、美枝とはもう殆んど会話なんかねえしさ。しゃべるっつったら食事のときくらい。

それもちょっとだけ。いい加減あいつも変に思ってるようでさ。

でさ、考えたんだ。どうしたら俺たちは一番いいのかなって。俺は正直もう美枝のことは

以前と同じ気持ちじゃ見れないと思うんだ。けど離婚するなんて言ったらあいつどうかなっちまいそうでさ。

自殺とかされたら、なんて考えるとそれはちょっと酷過ぎるかなって。

だから子供作んねえ?一緒にさ。誰かに聞いたんだ、子供ってすげえ可愛いって。

何も考えられなくなるくらい可愛いもんだって。だからそんな子供いればさ、もしかしたら今よりは

いいふうになれるんじゃないかって思ってさ。同じくらいの時期にさ。そしたら一緒に遊ばせられるし・・

どう?嫌?」





そんなことを言う麗が僚一にはすごく不思議に思えてしばらくは返事も出来ないでいたが

確かにこのままではお互いが共倒れになってしまう日が目に見えていたので麗の言うことも

又しかりであるように感じられた。

そして何とかこの重苦しい状態を抜け出そうとしているパートナーの必死の思いが心に焼き付いて。

「そうだな、いい考えだよそれ。じゃそうしよっか?」

そう言ってお互いに微笑み合った。






子供が生まれたら、もしそれが女の子だったりしたらいい。父親にとって女の子はいつまでたっても

嫁にやりたくないっていう程の可愛いもんだって言うしな。

そしたら俺はその子を精一杯可愛がってやるんだ。そして・・・・

そうしたらきっと僚を忘れられる。きっと子供と、そして美枝をも又心から愛せる日が来て。

そうなったらいい。僚とも普通のパートナーってだけの関係に戻ってたまには家族同士で

出掛けたりなんかして。そうなったら・・・・






そんな想像に麗の胸は久し振りに穏やかさを取り戻していた。それは美枝にとっても又同じことで。

”子供をつくろう”

そう言った麗の言葉に信じられないというふうに涙を流して美枝は喜んだ。

それは新婚で麗がNYへ行って以来、初めて2人に訪れた穏やかなやさしい日々だった。






それから一年ほど経って待ち望んだ麗の子供が先に生まれた。その時僚一の妻、佐知子の内にも

子供が宿っていて既に6ヶ月になっていた。

半年後に生まれ来るそのときを夢見て佐知子も又穏やかで幸せな日々を過ごしていたのだった。






麗の子供は男の子だった。

本当は女の子を望んでいた麗だったが生まれてみればそんなことはもうどちらでもよくって、他人が

言うようにそれは本当に愛しく可愛いものであった。

しばらくは仕事も忘れるくらい子供に没頭して。

そんな麗を僚一は半ば呆れ気味で笑っていたが半年後に自身の子供が生まれると全くしかりであった。






「な、お前の言う通りさ、子供作ってホントに良かったよな。すげぇ可愛いっ!」

僚一はその子供に”遼二”という名を付けた。

「何だよお前・・・子供まで僚かよ?りょういち と りょうじ?一字違いじゃん。紛らわしいなあ・・・」

「そうなのよ麗さん、私もそう言ったのにこの人ったら聞かなくってね。どうしても遼二にするんだって

言うから私も押されちゃって。」

「うっせーばかっ、字は違うっつうの!”僚一”と”遼二”。なっ?微妙に”りょう”が違うだろ?」

「ははっ、変わんねーよっ!」

「それよかお前んトコだって変わってんじゃん?”倫周”くん。な、どういう意味よそれ?」

「あー?ああそれね・・・別にいいじゃん。俺、三国志好きでさ。そいで好きな武将の名前を一字

貰ったの。」

「へ?誰よ?倫、、、なんてつく武将いたっけか?」

「違うよ、”倫”の方じゃなくて”周”の方さ。”周瑜公瑾”の”周”」

「周瑜ってあの赤壁で有名な?あの周瑜?」

「そっ!その通り。」

「何で?どしてお前周瑜が好きなの?普通男で周瑜好きって奴、珍しいぜ?周瑜ファンはたいがいは

女が多いよなあ?」

「へへっ、だって周瑜ってさ、結構綺麗で女みたいだったっていうじゃん?だからさ。

俺もよくオンナみてえってからかわれたから。それで何となく親近感あるんだよな。」

へえ・・・・

そんな麗の言葉に皆が感心したように頷いて。

NYから一時帰国した頃の怒涛のような重たい気持ちの日々はしばらくは嘘のように穏やかな日々が続いていった。





そう、しばらくは・・・