蒼の国回想編-Dead or Alive Recollection/again-
僚一と麗にそれぞれ子供が生まれてからしばらくすると少し落ち着いていた本来の仕事の方が一気に

進展を見せ始めた。

追いかけていた闇の組織の正体が掴めたのをきっかけに2人はしばらく家に戻れない日々が続いていた。

僚一と麗の自宅は九龍地区にあり同じマンションの同じフロアーで間に3件の部屋を挟んだところに

あったが、でもだから2人が帰れない日々が続いても美枝と佐知子はお互いに心強かった。

丁度同じ年頃の息子たちと共に美枝も佐知子も幸せな日々を送っていた。

僚一と麗の仕事に追われて忙しく家を空けることが続いてきたその日々の・・・・

最愛の夫のすぐ側で最愛の子供に恵まれて、2人の若き妻たちに疑う気持ちなどは微塵もなかった。





「おい、大丈夫か僚!?深くやっちまったか?」

ぽたぽたと滴り落ちる赤い滴を押さえ込むようにして強引に身を潜めたそこは薄暗い古ビルの

ひと気のない廃屋だった。

例の組織を辿っている途中でちょっかいを入れてきた香港マフィアの下っ端連中と一戦を交えた際に

僚一は不意の怪我を負ってしまったのだった。

麗が一発殴られた瞬間にほんのちょっとの気をとられたことでマフィアの男が振り回した鋭利なナイフが

腕に食い込んでしまったのだった。

2人は香港マフィアの幹部とは裏で繋がっていたが、こうした下っ端連中とまでは顔見知りなはずもなく、

従って今回のような事態は免れ得なかったのだ。





「はっ、、、酷えなこりゃ、、、かなり深い、、」

「どれ診せて。ああホントだ、早く血を止めないっていうと・・・しかし参ったな。表は奴らがまだ

塞いでるだろうし、もしかすると仲間を呼んでる可能性も有る。ああいう奴らって暇な上に

しつこいからな・・・どうしたら・・」

麗は何か止血出来る様なものがないかと辺りを探したが空き瓶のひとつも転がっていないような

倒壊真近の廃墟に、着ていたTシャツを脱ぐと力一杯それを引き裂いた。

「麗!?お前、着るモンが、、、」

そう言ったけれど既にTシャツは細く裂かれ始めていた。

「ばっか、、そんなコトしたらお前裸になっちまう、、、そんな格好じゃ又奴らとはちあわせたとき

危ねえよっ、すぐ怪我する、、、」

麗は引き裂いたTシャツを丁寧に僚一の腕に巻き付けながら

「大ジョブだって。俺、身が軽いから。それにさブ○ース・リーだって裸じゃん。」

「ばかっ、、お前こんなときによくそんな冗談言ってられんな、、ぁ痛てっ、、、、」

「我慢しろって。これでとりあえず血は止まるだろうからさ。このまま明け方になるのを待って

朝の闇に紛れて脱出しようぜ。」

「あぁ、、すまねえな、、、、」

薄く笑顔を見せながらそう言ったがやはり僚一の顔色はみるみると悪くなっていくようだった。

そんな側に麗は寄り添うように肩を貸しながらしばらく2人ぴったりとくっついていたけれど。





「な、、麗、、、こうしてっとよ何かNY思い出すな。こうしてお前とぴったりくっ付いてるとさ。

何か変な気になっちまう、、はははっ、、、俺ってスケベ?」

「ばか・・変なコト言ってんじゃねえよ。ま、そんな冗談が言えるんなら大丈夫・・・」





・・・・・・・・・・!?





突然に軽く唇が重ねられて・・・

「ばっ、ばかやめろって!何急に・・・・」

そう言ったけれど既に飛び出しそうなくらい心臓は脈打っていて。本当は麗だってずっと僚一に

抱き締められたい衝動に駆られていたのだった。ただそんな自分の気持ちに目を向けないように

必死に自分をごまかして取り繕っていたのに・・・

「お前が変なことする・・から・・・・」

すぐ側で合わさった大きな瞳と瞳がとろけたようにお互いを見詰め合う。

誰もいないという廃墟のその環境は香港に来て以来、ずっと妻たちの目の届くところにあった

少々窮屈な思いを一気に爆発させるかのようで。

「だ、、めだ、麗、、、俺もう限界、、、我慢出来ねえ、、、、、」

「僚・・やだな・・もう・・・ぁあっ、僚っ・・・・!」







好きだ僚・・・

今でも俺はお前のことが。

忘れるなんて出来ないよ・・・

香港に来てからそれでも必死に俺はお前を忘れようと努力した。けど・・だけど・・・・

さすがに倫周が生まれたときは一時お前を忘れることが出来たんだ。

でもしばらくするとだめだった。子供ってのは体外は母親の腕にいるもんだし・・・

お陰で美枝は以前程俺に執着は無さそうで倫周に夢中になっていて。

でもだからこそ、そんな美枝の監視のような概念が外れたことによって俺は又自由な感覚を

取り戻すことになっちまった。

お前を見るとぞわぞわする。身体の深い部分から何かが湧き上がってくるようで怖いくらいで。

お前が佐知子さんと仲よさそうにしゃべってるのを見ると正直辛くなる。NYのあのFAXを書いてる

お前を見たときの気持ちが蘇って辛くなるんだ・・・・

お前は俺のものだって、佐知子さんを時々憎く思うことさえあって。

そんな自分の気持ちが怖くて。

だってNYでは確かにお前は俺のものだった、俺だけのものだった。誰に咎められることも無く。

賑やかな街で俺たちは何に憚ることなく本当に生き生きしていられた。

あんな日々はもう二度と訪れないのだろうか、

自由の国アメリカで俺たちは本当に自由でいられた。







「ぁ・・っあぁっ・・・僚・・僚っ・・・・」

だめだ僚、そんなにしたら傷に障るよ・・・・ああだけどっ・・・・・・・・・・・!

「麗、、なあ麗、、感じる?どこが、、、いい、、?麗、何か言えよ麗、、、、」

俺のっ、、、麗、、、、、、、







僚の腕の中で身体が揺らされるたびに同じ数だけ涙が零れ落ちた。

湿った空気の、廃墟の中で埃臭さと血の臭いに包まれて俺たちは狂う程にお互いを求め合ったんだ。







それ以来、それでもやはり自宅に戻ると妻たちの視線が必要以上に気になって、又しても

一線を越えてしまったあの廃墟での逢瀬以来2人は共にぎくしゃくとした日々を過ごしていた。

そんな2人の心中など露知らずに若い幸せな妻たちは以前よりもぐっと親しくなったようで

しょっちゅう一緒に外出させられる機会が増えていき、そんな日々は僚一と麗にとっては正に

地獄だった。

お預けをくらった犬のように湧きあがる欲望を抑え付けられて。

それでもやはり僚一の方が多少前向きというか、明るい性質だったのか。

麗にぶつけられない欲望を妻、佐知子に向けることが出来得ないではなかった。

だが麗の方はそんなことは全く出来ずに。

それは言うなれば僚一と麗の間柄に限って言えば、僚一はどちらかといったら攻めの役割にあった

わけで、だから妻とも左程の違和感もなく、そんな行為に及ぶことが出来たのだろうか。

無論、僚一にとっても麗をその腕に抱く時程感嘆の気持ちは無いにしろ、妻ともそんな関係を

持つことがまだ可能であった。

けれどもいつも僚一の逞しい腕の中で揺らされていた麗にとっては妻とのそんな行為は

面倒臭く、酷い言い方をするならば穢らわしいものでしか在り得なかった。

再び訪れた苦しい恋の日々が、思うようにならない不自由の連続の日々が、

麗の心を次第に蝕むようになったのはそれから間もなくしてのことだった。

子供が生まれて早や5年が過ぎようとしていたその季節。

運命は新たなる不義の行き先に向かって走り出したのである。