蒼の国回想編-Dead or Alive/Molt- |
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いつの間にか眠り込んでしまったのか、気がついたときはもう陽が高くなっていた。
昨夜の嵐は何処へやらまだ夏の名残の日差しが蒸し暑く降り注いで、その眩しさに手元の
ブラインドを引いたとき。
「麗っ、、、!」
そうだ、麗はどうしているだろう。俺はいてもたってもいられずに左程広くもないアパートの
麗の寝室へと一目散に向かった。
居ないっ、、!?
何処へ、、、、
一瞬にして湧き上がったものすごく嫌な予感に全身が痺れたようになった。
まさかっ、、、麗!?
何処へ行ったとも当てなどわかる筈もなかった、会って間もないあいつの、行き先などわかる
筈もなく・・・
だが俺は探さずにはいられなかった。何処か、そう何処でもいいから走らずにはいられなかった。
大慌てで服だけ着込んで玄関に向かおうと鍵を探していたとき。
「どうしたの?」
えっ・・・!?
突然の呼び掛けに慌てて振り返ったその先に・・・
昨日までとはまるで別人のような出で立ちの、そこにはジャンクな雰囲気の男が立っていた。
「麗っ・・・」
見事だった柔らかな栗色の長髪が短くカットされ、ぎたぎたと光る程に塗り込められたグリースの
髪をした、そして胸元の大きく開かれたシャツを纏って麗が微笑んでいた。
「何慌ててんのさ?どっか出掛けんの?」
「麗っ、、、お前、その髪、、、」
呆然と立ち尽くす俺にふいと微笑んで。
「ああこれ?どう、似合ってる?」
そう言って頭に手をやったその微笑みからは昨夜のすすり泣いていた姿など微塵も想像出来ずに。
麗はそのまま窓辺に歩くと煙草に火を点けながらこう言った。
「いいだろ?これ。これだとさぁ、絶対オンナには見えねぇだろ?俺さ、元々嫌だったんだよね、
このオンナみたいな顔立ちがさ。いつもオンナオンナってからかわれてさ。それにこれなら
バカな連中もひと目でオトコだってわかるだろうしさ。」
そう言うとちらりと俺の方を窺って
「何だよ、似合わねぇ?」
そう言って又微笑んだ。
「い、いや、、似合ってるよ。うん、、、ちょっとびっくりしただけでよ、、、」
「ふふっ・・・」
うれしそうに微笑む、そんな姿にほんの少し安心して、けれども相変わらず綺麗な顔立ちの、
透けるような大きな瞳はどこか切なげで俺は言い知れぬ不安のようなものに心を掻き雑ぜられるような
思いに駆られた。
「なっ、どっか飯食いに行こうよ。俺、昨日から何も食ってないんだ、腹減っちまってよ。
ねっ、どっか連れてって!そうだなぁ、久し振りに和食がいいなぁ。」
にこにことあどけないくらいの微笑みを見せながらそんなことを言った。
「いいぜ、じゃ行こっか?和食、何がいい?寿司?だったらちょっと下るケド、Houseton辺りに
旨いトコがあるぜ?」
「おっ、いいねぇ!ソコ行こっ!」
午後の陽が傾き出した相変わらず賑やかなビルの谷間を、俺たちは一緒に歩き出した。
そうして俺がイエローキャブを拾おうと道路端に出たとき、ふいと腕を掴まれて。
「いいよ、別に地下鉄で、、さ。その方が早いだろ?今、上は混んでるし、、、さ。」
「麗・・・でも・・」
「いいんだって。気にすんなよ。俺だって一生地下鉄乗んないってわけにもいかねぇしさっ。」
麗・・・・
「わかった、じゃコレ(地下鉄)で行こう。
、、、な、麗。なるべくさ、このライン(線)には乗るなよ。出来ればこっちのラインを使え。なっ?」
何本か走っている地下鉄の地図を指差しながら俺はそう言った。
「へ?何で・・・?こっちってやばいの?コレってさ、昨日俺が乗ったやつ・・・・」
そう言ったままふと瞳が合って・・・
「ん、、、そういうわけでもねぇんだけどよ。同じ使うんだったらこっちのラインの方がさ、、、
便利っていうか、、、品がいい客が多いんだ。」
麗をまともに見られずに伏目がちにそう言った。
こんなことを話して昨夜のことを思い出させちまった、そんな罪悪感のようなものが込み上げてきて。
「ふ〜ん、そうなんだ?じゃそうする・・・サンキュウなっ!」
そんなふうに明るく素直に微笑んだ、すぐ側のあどけない瞳を、その細い肩を思わず抱き締めたい
衝動に駆られた。
麗・・・・
「うわっ、、、すげっ並んでる、、、」
Houseton通り少し手前のその寿司屋は地元ニューヨーカーにも人気があって普段から
こうして待合いの列が出来る程にちょっとした盛況振りだった。
「ああ、けど旨いんだぜ?ここ。それによ、そんなに高くねぇの。」
「まじっ?じゃ仕方ねぇな、ちょっと待つか。」
あんまりにもうれしそうに麗がそんなことを言うもんで、そんな顔を見ていたら俺も自然に笑みが
漏れていたことに気付いた。
それは不思議な感覚で。
うれしいような、切ないような不思議な感覚・・・
それから20分程待ってようやく席に通されると活気のいいアメリカ人のお兄さんが陽気に
迎えてくれた。麗は初めてのこの店にわくわくとした様子で好きなものを注文して。
「お前、英語きれいな。」
「え?」
「うん、発音、、がさ。すげぇきれい。ジャパニーズイングリッシュって感じ、全然しねぇ、、、」
「あ?そう?そんな得意でもないけど・・・そう言うお前だってうまいじゃん、えーご。」
「ははっ、、褒め合ってどうするよ?」
「だよなあ?」
あははははっ、、、、
俺たちはお互いを見つめて腹の底から笑い合った。考えてみれば麗とこんなふうにしてたわいのない
ことで笑い合うなんて今まで無かった。
初めて会ったあの日から特にお互いのことを詮索、紹介するといった行為は殆んどなかったから。
何だか一気に俺たちの間の距離が近付いたみたいで少々うれしかった。
それは麗も同じのようで。
「俺さ、初めて僚のとこ行った時さ、思った。すげぇいいオトコだって。背高いしさ、身体引き締まってるし。
顔だってワイルドでさ、正直うらやましいって、、、」
「まじでぇ?おれだって・・・すげぇ綺麗な奴だって思った。あんまりびっくりしてさ、ちょっと言葉
出なかったくらい。もしかオンナじゃねぇかって、、、」
そこまで言って俺は はっと言葉を止めた。
・・・・・・・・・・・
「いいんだよ、いいんだ。僚のは褒め言葉だって、、、ちゃんと解るよ。それにさ、別に嫌な気は
しないから、、、」
「ごめ・・・ん」
「もういいってよ。それよかさ、お前の嫁さんってどんな人?日本にいるんだろ?」
「あ?あぁ・・・佐知子っていうんだ。入籍したばっかだったんだけどよ。急に今回の仕事入ったから。
あいつは一緒に来たいとか言ったケドよ、治安もそんなよくねぇし、それに初めてお前とコンビ組む
ことになってたからさ、独りの方がいいと思って。そう言うお前は?お前だって新婚じゃなかった?」
「うん、そう。派手に結婚式やったばっか、、、けど、そう、俺もおんなじ。お前と初コンビだったしさ。
美枝は外出んの好きじゃないしさ。だから置いて来た。」
「美枝さんっていうの?きっと綺麗なんだろうな。だってさ、やっぱり好いオトコには好いオンナってさ。」
「あははっ、ならお前だってそうじゃん?”好いオトコ”」
「だからぁ・・・褒め合ってどうするって。」
ははははっ・・・・
俺たちは又笑い合って。
楽しかった、正直今まで踏み込めなかった新しいパートナーの素顔に触れることが出来たようで
心からうれしくて楽しい、そんな瞬間だった。
そんなふうにして俺たちはお互いに少しずつ心を開き合うようになっていった。 |
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