蒼の国回想編-Dead or Alive/Never End-
「な〜に、書いてんの?り・ょ・う・い・ちっ!」

「わっ、、ばかっ見んなよっ、、、」

「何、顔真っ赤にしてんのさ?あっれ〜?ひょっとしてそれって手紙ぃ〜?佐知子さん宛てかな〜?」

大きな瞳をくりくりとさせながら麗は俺をからかって。

「しょうがねぇだろっ!俺だって別に好きで書いてるわけじゃねぇんだからよっ、、、

FAX、FAXだって。送んないってーとうるせぇから、、、」

「へへっ、照〜れちゃって!いいよ、邪魔しないって!」

「うっるせーなぁ、、、違うってばっ!」

「いいの、いいの〜。ごゆっくりね〜。」

あんの野郎・・・・

ぷいっと頬を膨らませて俺はぷっと吹き出してしまった。





あれから麗はとても明るかった。初めて会った頃は殆んど会話もないままに少々気の重い毎日を

過ごしていた俺にとって、だがそれならばやっぱり麗は人見知りだったのか、などと気軽に考えては

独り笑いをしていた。蒼い闇の中ですすり泣いていた、そんな出来事などすっかり忘れてしまっていた

そんな或る夜のことだった。







どこからか聞こえてくる、微かな声。小さな声で震える嗚咽を耳にしたのはもう初雪の舞う、

そんな寒い晩だった。



半ば覚めない瞳をこすりながら冷たい床をとぼとぼと歩き、その声のする方へ無意識に向かった。

まだぼうっとした俺の意識は事態を捉えきれずに・・・

その押し殺したような嗚咽が、麗のものだって知ったのは間もなくだった。

真っ暗な冷たい闇の中にベッドの脇にしがみ付きながら小さく肩を震わせて麗は泣いていた。

まるで蒼い闇の、あの晩のように。





「麗、、、、どうしかしたのか?」

そう言った瞬間に縋るような辛い瞳を向けてきた。

その瞳は真っ赤に腫れ上がっていて・・・

「麗っ、、どうしたんだお前っ、、、何か、、、」

麗は俺を一瞬振り返っただけですぐに又ベッドの際にしがみ付くとその細い身体を丸めてしまった。

「麗、いったい何があったんだ?」

震える細い肩に手を掛けたその瞬間、びくりと飛び退いて。





「来るなっ、、!来たらっ、、、殺してやるっ、、殺して、、、」





そう言った唇が、がたがたと震えていた。綺麗な形の唇が、まるで色を失くしていた。

俺は一気に覚めた瞳に恐らくは驚愕の表情を浮かべていたのだろう、麗はしばらくすると辛そうに、

俺を気使うかのようにぽつりと呟いた。

「な、、んでもねぇよ。悪い、、、もう平気だから、、、」

そんな麗が切なくて、そのまま放って置いたら壊れてしまいそうなくらい哀し気で、とっさに強く抱き締めた。

抱き締めずにはいられなかったんだ。





「や・・だっ・・・何すんだよっ・・・お前もっ、お前もあいつらと一緒ってわけかっ!」



・・・・・・・・・え?



「あ、、いつらって、、、?お前、、、まさか、、いつかの、、、」

「ふっん・・・お前も俺をそんなふうに見てたのかよ?なあ、僚一・・・!」

先程までとは別人の、薄ら笑いを浮かべたその表情に俺は一瞬ぞっとしたものを感じた。

強がってわざと下品に微笑むその姿の裏側にちぎれそうな程の痛みを隠しているようで

俺はいてもたってもいられずに・・・

「もうっ、、無理すんなっ、、!無理すんなよっ、、、、麗っ、、、、」







------そう言った僚一の瞳が涙で滲んでいた。

     僚一は先程俺が突き放した腕でもう一度強く俺を抱き締めた。

     逞しい腕の微かに震える様子から僚一のすべての思いをくみ取ることが出来るようだった------








「麗っ、、、殺してやるよ、俺が、、、今度あいつらを見つけたら、いつかどっかであいつらを、

お前をこんな目に遭わせた奴らを見つけたらっ、、、その時は俺が殺してやるっ、、、

俺がこの手でっ、、絶対に、絶対に許しはしねぇっ、、、」



そっと、無意識に引き寄せられるように唇が触れて・・・

「麗っ、、、お前を誰にも触れさせないっ、、もう二度とあんな思いはさせやしねぇっ、、、、

だから、、だからっ、、、、、!」

俺はそのすべてを奪い取るように麗の細い身体を包み込んでいった。





「りょ・・僚・・・・?」

「な、、、嫌か?なぁ麗、、、俺じゃお前の傷を癒せねえか?俺は、、、俺はっ、、、、」

冷たい雪が舞う夜の闇の中で、麗の身体は熱かった。熱をもったように熱くて、抱き締めるたびに

俺がぎこちない愛撫を繰り返すたびに、しっとりと汗までをもかいているようで。

細く熱いその身体を愛しむように俺は麗を抱き締めた。

どこにそんな気持ちがあったのだろう。男を抱くという、俺にとっては初めてのその行為に、

妻がいることさえも忘れて俺は夢中になっていった。

何も考えられず、何もかも忘れて俺は麗を抱き締めた。

強く強く抱き締めた。





「僚・・僚一・・・・あっ・・・いや・・嫌・・・・」

「なん、、で、、、?本当に嫌、、、?

な、麗、、許してくれ。俺はお前を守れなかった。パートナーとは名ばかりで、俺は今の今までお前が

こんなに苦しんでいるのに気付かなかったっ、、、だから、、、だからもう、、、又誰かにお前を

とられてしまうことがないように、二度と他の奴なんかに触れさせない為に、お前を俺のものに

してしまいたいんだっ、、、わかってくれ麗、、、麗っ、、、、」

「僚一・・・・」

「嫌だったら、こんなことされてあのときのことを思い出すんだったら、、、忘れろっ、、、

俺のこの愛撫ですべて忘れちまえよっ、、、!

麗っ、俺はお前が大切なんだ、大切な俺のたったひとりのパートナーだからっ、、、、」







それから麗は何も言わなかった。何も言わずに俺の腕の中で小さく肩を丸めていて。

恐らくは麗だって初めてだったろう、同性と身体を重ねるというこの行為が。

お互いに初めてのそれに引き込まれるように、流されるように俺たちは夢中になっていった。







そうして初めて麗を抱いたあの晩から俺たちは自然と身体を重ねる機会が増えていった。

頃はニューヨークに本格的に雪が舞う、寒い寒いその季節、俺たちはその寒さを埋めるように

遠く日本に置いてきた妻たちへの後ろめたい気持ちを押し流すように、本能の赴くままにお互いを求め合った。





「ねえ僚・・・佐知子さんに悪いことしちゃったな・・・その、俺なんかのせい・・で・・・」

初めてのその夜に消え入りそうな声で麗はそんなことを言った。

「いいんだよ、無理矢理お前を俺のモンにしたんだから、、お前はなんも悪くねぇよ。

かえって俺の方が美枝さんに合わせる顔がねえよ、、、」

「ん・・・いいんだ、そんなこと・・俺もうれしかったから・・・お前が、あんなことしてまで

俺を包んでくれたってことがさ。何かこうしてるとさ、お前が俺の旦那みてぇだな・・・」

そんなふうに言って微笑んだ。

「麗、、、俺は、、いいんだ。佐知子より何よりパートナーのお前が大事だって、、、

本来はそうあるべきだろ?そうじゃねえと、だって俺たちの世界じゃお互いに命を預ける、そんな

相方がいちばん大切じゃねえっていうとさ。やっていけねえもんな、、、」

「僚一・・ね、もう一回俺を抱いて・・・も一度、抱き締めて・・・・」



俺の腕の中で小さく肩を丸める、そんな姿が愛しくて。

パートナーを組んで半年もたたないそんな浅い関係を打ち破るように俺たちは夢中で肌を重ねた。

夢中で、倫(人としてあるべき道)を外していることを忘れたくて、縋るように壊すようにお互いを求め合った。

このまま二度と、俺たちの中に誰も入って来なければ、、、、

そう思った。







------幸せだった。僚と2人きりのこの日々が、誰をも知っている人々がいないこの自由の国で

     俺はどんどん僚一に魅かれていった。

     俺たちの世界じゃパートナーが何よりも大切、そう言ったあいつの言葉が、自分たちのしている

     ことへのこじつけだってことくらい俺には充分過ぎる程解っていた。

     妻がいながらしてこんなふうに魅かれ合う、それがどれ程罪なことかってくらいは言うまでもなかったんだ。

     そんな現実を振り払うように、いつかは必ず訪れる帰国の日、その瞬間を忘れたいが為に

     俺たちはそれに溺れた。残酷なまでに痛みを胸に引きずりながら------