蒼の国回想編-Dead or Alive Recollection/Bleazing Heart-
それから3年、あの喧嘩の夜以来、麗と僚一は互いにぎこちない日々を過ごしていた。

日を追う毎にどんどん気まずくなっていくようで、それらは仕事の上でも支障をきたしてしまう結果となり

2人は何度も危ないミスを犯しそうになりながら、何とかうわべだけは取り繕ってやってきたのだった。

当然の如くもうメドが付いてもよさそうな仕事はまるで進展をみせないままに僚一と麗は重たい

気持ちで過ぎ行く日々に翻弄されていった。

そんな日常にお互いの感情さえも見えにくくなってきた頃だった。





麗がひとりで仕事に出掛けて何の収穫もないままに少々重い足取りで家までの階段を登って来た

そのとき。

「麗っ!」

それは久し振りに自分の名を呼ぶ僚一の声だった。

僚一は麗を見ると焦りで顔色を真っ青にしながら逸るような表情で駆け寄って来た。



「麗っ、、、たいへんなんだ、、倫くんと、、、遼二がまだ帰らない、、、」



「え・・・・・・?」



「昼間っから2人で遊びに出掛けたっきりまだ戻らないんだっ」

「なっ・・・!?」

時間は既に夜の9時をまわっていた。こんな時間に外を出歩くことが幼い子供たちにとって

どれ程危険なことかなど想像するに恐ろしかった。



「なっ・・・なんでっ・・・何処へ行ったっていうんだ・・・・・」



麗も真っ青になって。

「一応この辺りを聞き込みしてまわったんだが、どうやらいつかの廃屋の近くあたりで見たって奴が

いてっ、、、、それでさっき佐知子とその辺まで行ったんだが、、、」





「いつかの廃屋って・・・まさか・・だろ・・・?あそこは九龍の中でも最も危険なところじゃないか・・・

いくら何でもあんなところに子供たちだけでなんて・・・」





「子供だから、、、じゃねえのか?何にもわからねえから、、、

今から行ってみよう、、なっ、、、」

「あ・・ああ、そうだな・・・じゃ一応美枝にも・・」

そう言ったとき、玄関のドアが勢いよく開けられて。

「麗っ・・・どうしようっ麗っ・・・・私のせいだわ・・私がよく見てなかったからっ・・・」

美枝は麗の姿を確認した途端に泣き崩れてしまった。

「大丈夫、絶対探し出してみせるから・・・心配しないで待ってるんだ。」

麗はそっと美枝の肩に手をやると、きっと鋭い瞳で僚一を振り返りながら叫んだ。

「僚っ、行こうっ!何があっても絶対に探し出すんだっ」

「ああ!」

意思のある瞳が重なり、久し振りに2人の間に昔の機敏なパートナーとしての意識が蘇った。





「麗っ、、、、」

涙をいっぱいにしながら美枝は階段を駆け下りる麗を呼んだ。



「心配するなって!絶対に無事に連れて戻るっ」



そう言って微笑んだ。

それがお互いに言葉を交わし、お互いを見つめた最期になろうとはこのときは気付くはずもなかった。

縁の薄い夫婦の、それがこの世で最期にお互いを見つめ合った瞬間だった。







それから僚一と麗は必死で聞き込みを続け、夜半になる頃にはようやく子供たちの向っただろう

先の兆しが見えてきたとき。

「もう少しだ麗、聞き込みが事実ならきっとこの辺に2人はいるぜっ」

「ああそうだな。行こうっ!」

油断するとすぐにでも足元を取られそうな古い廃屋の真っ暗な廊下をひた走る。

裏の世界トップクラスと讃えられた、それが僚一と麗の本気の捜査、本気の仕事振りだった。





「ほんとにこんなとこに入ったっていうのか?おい麗、拳銃持ってきただろ?」

「勿論、ここにいさえすりゃ・・・」

真っ暗な廊下でそんな会話をしていたとき・・・

遠くに遼二の声を聞いたような気がして僚一は耳を澄ました。

「しっ、、、」

ぱたぱたと誰かの走る音。

「遼二っ、、、遼二の足音だっ、、、」

「ほんとかっ!?」

「ああ間違いねえ、遼二の走る音だ、、、遼二っ!遼−っ!」





お父さん・・・・お父さーんっ・・・・・・誰かー・・・





「遼二っ、、間違いねえっ、麗行くぜっ!」

2人は走った。真っ暗な廊下を死に物狂いで走って。

迷路のような廊下を、何処へ行っても同じようなつくりの真っ暗な廊下を、只ひたすらに走り続けた。










奇跡だった。

そんな酷い危険地帯に迷い込んだ子供たちを捜し当てただけで、もうそれは奇跡としか言いようが

なかったのだ。

だが、、、

僚一と麗にはこの最悪の状況をくぐり抜けて無事に家まで辿り着く、恐らくはそれも不可能ではなかった。

不可能ではなかった、はずだった。





「遼二っ」

「お父さんっ、、」

「倫くんも一緒だなっ!?」

「うん、うんっ、、、」





「倫っ・・・・・・・・・!」

「麗っ・・・れいーっ・・・・」





ああ無事だった・・・

この世で最も愛する者、倫周をその腕に抱き締めて麗は一瞬にして安堵の表情を浮かべた。