蒼の国回想編-Dead or Alive Recollection/Be with You-
ああ無事だった・・・

この世で最も愛する者、倫周をその腕に抱き締めて麗は一瞬にして安堵の表情を浮かべた。

だが・・・



・・・・・・・・・・・・!?



忍び寄る大勢の足音。

不気味なくらいに静かなそれは、どこから湧き出たともつかない程のそこに住み着いた浮浪者たちの影だった。



「麗、ちょっとやべえけどこの数だったら抜けられねえことはねぇ、、、

俺が先に行くからお前は後から付いて来いっ」

「ああわかった・・・・」

そう言った。

「行くぜっ」

僚一はその腕に遼二を抱えると弾丸の勢いで浮浪者の群れに突っ込んで行った。

「麗・・・れい・・・怖いよぉ・・・・れい・・・パパぁ・・・・・」







倫・・・・・







目の前を行く僚一の背中が目に入る。

大きな背中、逞しく鍛え上げられたその腕、烏の濡れ羽色の如く真っ黒な髪に黒曜石のような大きな瞳、

そのすべてがまるでスローモーションのように鮮やかに映り込み。







ああ僚・・・

NYで初めてお前に会った、一緒に寿司を食いに行った、夕陽の綺麗なあの日・・・

雪の降る寒い晩に抱き締めてくれた・・・初めてのお前との夜・・・・・

しあわせだった、何もかもが輝いていた、何もかもがこの手中に入れられると思っていたあの頃・・・・・







浮浪者たちの渦の中を縫うように、身を屈め、仕掛けられる攻撃を避けながら麗の胸には

ある思いが湧き上がっていた。





あんな日々にはもう戻れない、もう二度と・・・戻れない・・・・・

そして・・・





倫くんだっていつまでも幼いままでなんかいられないんだぜ?もう少ししてすべてが解るように

なったら、お前どうするつもりなんだ?



いつか僚一に言われた言葉までもが鮮やかに脳裏を掠めてゆく。







倫・・・・

そう、もうあと3年もしたら、僚の言うように分別の付く年頃になる・・・・

今この腕の中で俺だけを信じているこの子も、いつかは俺の元を離れて行ってしまうのだろう・・・・

倫を失くしたら俺は生きていけない・・・・いずれそんな日が来るのなら、そんな瞬間をこの瞳に

映さなければならないのだったら・・・・

いっそこのまま・・・・・







「パパ・・怖い・・・・怖いよぉっ・・・・・・・・・!」







倫くん、パパはお前を愛しているよ・・・・

お前のお陰でパパはどれ程救われたことか・・・

本当に、お前だけを・・・僚よりも美枝よりも、誰よりもお前だけをっ・・・・・・・・・!








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








まるで女と見紛うような、美しく白いその頬の、薄紫に輝く吸い込まれそうな大きな瞳が、、、

たった今俺の腕の中で閉じられた。



たったひとりの俺のパートナー、柊 麗。



何故だ、、、麗!?

お前程の奴がっ、、、あんなに素晴らしい腕を持った奴がっ、、どうしてっ、、、、





うれしかったよ、そんなことをしてまで俺を包んでくれて・・・まるで僚が俺の旦那みたいだな・・・・

そう言って微笑んだ。

お前が佐知子さんにFAX送ったのが辛くって・・・・

そう言って涙を流した。

俺を抱いてっ、お願い僚っ・・・・

そう言って縋ってきた。





麗と過ごしたすべての日々が鮮やかに蘇って・・・



     「僚・・・お・・願いがある・・んだ・・・・・

     倫を・・・頼む・・・・倫を・・しあわせにして・・やって・・・く・・れ・・

     俺には・・り・・んだけ・・・が・・・・

     後は・・・・た・・のんだ・・・ぜ・・・・・・・・」



     「麗っ、、、麗−っ、、、、」







お前が最期に言った言葉。

倫を頼む。

美枝さんのことも、仕事のことも、俺との思い出さへも、ひと言も口にしないでお前は逝った。

”倫を頼む”とそれだけを残して、お前は逝ってしまった。

それ程までに、お前の心は倫くんでいっぱい・・・・





安心して逝くがいい、必ず倫くんをしあわせにするから。

これからはお前に代わって俺が倫くんを守っていくから・・・・

安心して・・・逝けよ・・・・・

それが、、、

それがお前を守りきれなかった、お前の気持ちに応えきれなかった俺の、、、

たったひとつの愛の証だから、、、、、!

もしも戻れるのなら、、、

もしももう一度NYの、あのアパートの重い扉をお前が開けた、あの瞬間に戻れるのなら

今度こそ俺はもう迷いはしねえ・・・

きっとお前を抱き締めて、絶対誰にも渡さないっ・・・・・そして・・・

俺は・・・

俺もお前だけのもんだ・・・・

佐知子のでもない、誰のでもない、お前ひとりのもんだっ・・・・

麗っ・・・・・・・・・・・








・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・








僚一は自らの腕の中で静かに瞳を閉じた細い身体に愛しむように頬刷りをするとぎゅっと抱き締めた。

きつくきつく、抱き締めた。

二度と開くことのない大きな瞳にくちつづけをして抱き締めた。