うらはらな午後 |
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通い慣れたいつもの喫茶店の、一番隅の予約席。
ふいとヘーゼル色の髪を揺らして、紫月は当たり前の仕草でその席に腰を下ろした。
「いらっしゃいませ。」
そう言って差し出された透明な氷の浮いたいつもの冷水が置かれた指先と、
聴き慣れないその声にぎろりと大きな褐色の瞳をそちらに向けた。
・・・・・・・・・?
「お前、、、見ない顔だな?新人?」
透き通るような褐色の瞳で射られながらそんなふうに尋ねられて、冷水を差し出したウェイターは
少々びくりと肩を竦めた。
「あ・・・はい・・・・先週からここでバイトをしてます・・・・・あの・・・」
「ふうん、、、そう、、、、、」
じっと見据えられた視線にどきどきとしながら細身の身体を後ずさりさせる、
そんな様子を可笑しそうに見詰めながらゆっくりとカウンターを出てきた男の笑い声に
ようやくと視線を外されて、若い細身のウェイターはぺこりと礼をすると、逃げるように奥へと
引っ込んでしまった。
「帝斗」
ゆっくりと褐色の瞳で逃げて行った彼の後ろ姿を見送りながら紫月は慣れた口調でカウンターから
姿を表した男に声を掛けた。
「な、帝斗。あれ、、、、新人だって?」
「ふふふ・・・・紫月さんも目ざといなあ・・・・・
そう、先週からね。手伝ってもらってるの。」
くすくすと微笑いながらそんなことを言ったのはこの喫茶店のオーナーで、紫月の永年の親友でもある
粟津帝斗であった。
「気になる?彼のこと。ちゃんと紹介しようか?」
気に入りのメンソールの煙草に火を点けながら帝斗は紫月の座っている椅子の背に半分腰を落とすと
ふうーっと深く煙を吸い込んだ。
「ふん・・・・・」
一瞬興味の無さそうな態度でくるりと視線を他にやると紫月も又気に入りの煙草を吸い込んで・・・・
「なあ、帝斗さあ・・・・・」
「うん?何?」
「あいつ・・・・・」
言葉少なげにそう言って、再び動いた視線の先には先程のウェイターの姿が遠くに映り込んでいる。
そんな様子を横目にして、帝斗はくすりと微笑むと少々得意気に言った。
「あの子は僕のものだよ。」
「え・・・・?」
「ずっと僕のところに置いてたんだけどあの歳でふらふらさせとくわけにもいかないものでね。
先週から此処でバイトさせてるの。」
「お前のものー?」
「そう、、、、
言ってる”意味”は解るよね?」
「へえ・・・・・そうなんだー・・・・・・」
「そう。」
「お前も好きだよなあ?」
「そう?もともとは紫月が相手にしてくれないからさ、、、
最近忙しいってそれしか言わないし?だから”代わり”を見つけてきただけさ。悪い?」
「何言ってんだバカ・・・・ヘンなこと言うなよ・・・・・」
「いいじゃない別に。それに、、、、
”アレ”なら紫月だってそそられるだろ?どう?試してみる?」
「ああー?試すだあー・・・・?」
「ふふふ、、、、、
とか何とか言っちゃってホントは興味深々のくせに!
いいよ。紫月なら特別。ちょっとだけ貸してやってもいい。」
「ばあか・・・・何言ってんだよ。」
そんな会話をずるずると続けながらも視線の先にはくっきりともう彼以外に映っていない紫月の様子に
帝斗はすっとその胸元に手を差し込むと黒い長財布を抜き取って見せた。
「なっ・・・・何すんだ帝斗っ!」
「ふふ、、、、何って決まってるじゃない?お味見分。
2時間だけ休憩とらせるから。好きにしていいよ。部屋は、、、、2階使っていいから。」
「ばっ・・・・馬鹿ヤロウっ!何言ってっ・・・・・・帝斗っ・・おい・・・・・
わっ・・・・バカっ!そんなにっ・・・・」
ごっそりと束になっている新札の半分くらいを抜き取られて紫月は慌てた声をあげた。
「”アレ”は上玉でね?このくらいの価値は絶対あるから。」
「ばっかやろっ・・・勝手なこと言ってんじゃねえよ・・・・・」
「いいからいいから。それに、、、、紫月 お金なら掃いて捨てる程あるじゃない?
あとはこのトコ僕を放っておいた分も上乗せってことで!じゃあ、、、ごゆっくりね?」
ぴらぴらと新札をなびかせながら機嫌良さそうに微笑むとふいとメンソールを押し消して
鼻歌交じりに帝斗はカウンターの中へと戻って行った。
「勝手なこと言いやがる・・・・」
長財布を胸元のポケットに戻しながらそんなことを言って、
だが視線の先には最早新入りウェイターの姿しか映っていないことに気が付くと
紫月は怪訝そうに苦笑いをして見せた。
「えっ・・・・・!!?」
突然にぐいと細い手首を掴まれて、新入りウェイターの彼は又もびくりと肩を震わせた。
「なっ・・・・・何か・・・・・・?」
「来いよ。オーナー(帝斗)とはもう話がついてるから。」
そう言って手を引かれたまま強引に2階の帝斗の事務室に引っ張り込まれて細身の肩を
益々震わせている様子に紫月はふいと掴んでいた手首を放した。
「あの・・・・・何ですか・・・・・・・何か俺に用が・・・・」
びくびくと大きな瞳を歪ませて小さな声が尋ねる。
紫月は再び射るような視線で彼を見詰めると
「お前、名前は?」
たったひと言そう訊いた。
「え・・・・・・・?」
「だから、、、名前。何、、、、?」
「あ・・・・あの・・・・・
倫周・・・・・倫周です。柊・・・・倫周・・・・・」
「倫周?へえ、、、、変わった名前だな、、、、、
お前さあ、、、、帝斗とどういう関係なの?」
「え・・・・・・」
「帝斗と、、、、何してんのかって訊いてんだよ、、、、」
「何・・・って・・・・・・・・」
もじもじと、だが少々困ったように頬を赤らめた、そんな様子に紫月は突然に湧いて出た
言いようもない感覚にぎゅっと褐色の瞳を歪めて見せた。
「ふうん、、、、まあ訊くまでもねえか、、、、、」
透けるような瞳を一瞬閉じて、僅かに笑みを漏らしながら長く形のよい指先が、ふいと伸ばされて・・・・・
「なっ・・・・・!!!?」
ウェイターの制服の、白くプレスの効いたシャツの上から胸元の突起をくりっと撫でられて
倫周は慌てて飛び跳ねるように身を捩った。
だが次の瞬間にはぐいと唇を塞がれて、突然の出来事に蒼白となった。
「やっ・・・・やめて下さいっ・・・・何をっ・・・・・・・」
やわらかな茶色の髪を揺らしながら必死にくちづけから逃れようともがいて、けれども
同時に沸きあがった彼の本能を紫月は見逃さずにはいなかった。
頬を真っ赤に染めて瞳を震わせながら顰めている様は瞬時に湧き上がった欲望を
示唆するに他ならず、思わず罵倒の言葉もついて出る。
「ふ、、、んっ、、、、たったコレだけでもう反応じちゃうんだ?
お前、マジで帝斗とこんなことしてるわけ?いつから?どうやって知り合ったの?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「何か言えよ、、、、、」
「あ・・・・の・・・」
頬を真っ赤に染めながら困った瞳が小さく震えている。
「あなたは・・・・・あの・・・・・」
「俺?俺は帝斗の親友。」
「親友・・・・?帝斗の・・・・?」
「ふうん、、、帝斗って呼び捨てにしてんだ?じゃやっぱり”そーゆー”関係なわけだ?」
「そういう・・・って・・・・・」
再びぐいと近寄って、軽く掴まれた顎先に益々怯えた瞳を見れば、その端整さに思わず溜息が零れた。
「綺麗な顔しやがって。もろ俺たちの好みって感じだな。
これじゃあ帝斗が側に置いとくわけだぜ。」
「あ・・・のっ・・・・・」
「うるせーよ、、、、
ほら、、、、いつまで猫被ってねーで早く脱げよ。しっかりお味見させてもらうからー、、、、」
少々乱暴に蝶ネクタイを解かれると白いシャツのボタンに長い指先が掛かった瞬間に倫周の
まだ少年のような紅の頬は瞬時に蒼白と代わった。
「なっ・・・・・何をっ・・・やめっ・・・・・」
「黙れよ、ホントは好きなんだろ?こんなこと、、、、いつも帝斗としてんだろ?」
「やだっ・・・・・嫌っ・・・・放して下さいっ・・・・・・・!」
「ふん、、、そんなに毛嫌いするなよ、、、自信失くしちまうぜ、、、ったくよー、、、、
俺と帝斗ってよく似てんだろ?だったら変わんねーじゃん。素直になれよー。」
「い・・・やだっ・・・・・・やあっ・・・・・・!」
ドタバタと長椅子の上で身を捩りながら次々と剥ぎ取られていく服を必死で元に繕おうとして、
だが自分よりも上背のある紫月には到底敵うはずもなく、細身の倫周に出来ることは
何故にこんなことになったのかということを呆然と考え追うことと、助けを求めて叫ぶことくらいであった。
だがその声までをも塞がれ、取り上げられてしまい・・・・
押さえ込まれて歪んだ瞳が見上げた先には、確かに帝斗に似た面差しの、透けるような褐色の瞳が
見下ろしていた。
「や・・・・・なんで・・・・・・こんなこと・・・・」
「何で?だってお前帝斗のものなんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「いつも帝斗と寝てんだろ?だったらさ、、、、、
帝斗のものは俺のもの。俺のものは帝斗のものって。昔からそう決まってんだよ。
それに、、、、
お前のお味見分はさっき帝斗にたんまり財布から抜き取られたしな、、、、
そんな顔すんなよ。その分お前にもいい思いさせてやるしさ?
たっぷり、、、、、気持ちよくさせてやるからよ、、、、、、」
「・・・・・・・!ひっ・・・・・ぁあああっ・・・・・・!」
「ほら、、、それを証拠にココ、、、、
お前のイイところさ?もうこんなになってんぜ?」
くるりと指先が撫でた先・・・・・
不本意にも張り詰めて、求めるように溢れ出た透明の蜜は何を言っても拭いきれない欲望の象徴を
突きつけてくるようで、倫周は苦しそうに頬を赤らめながら繭を顰めて俯いた。
「ふふ、、、、そう、、、、聞き分けのいい奴だなお前。
倫周、、、だっけ?可愛いぜ、、、お前、、、、、」
耳元に熱い吐息が漏れ出して、それは更なる欲望を引き摺り出してしまうようで・・・・
「あ・・・ぁあぁっ・・・・・・・いやぁ・・・・・」
漏れ出す言葉とは裏腹に、目の前の欲望を求める熱い吐息が小さな部屋中に木魂して・・・・
ガタガタと音を立てていた頭上の物音が静かになった様子に、1階の喫茶店のカウンターでコーヒー豆を
挽きながら帝斗はくすりと微笑みを漏らしていた。
「あ、、、もうお帰り?」
「ん?ああ帝斗・・・・うんもう帰る・・・・これから打ち合わせあるんだ。」
「そう?、、、、で、、、、どうだった?」
「ああ?うん、、、、美味かったぜ、、、、ご馳走さん!」
ふいと利き手を振りながらにやりと笑って扉を出て行った紫月の後ろ姿を見送りながら
帝斗は又も満足そうに含み笑いのようなものを浮かべていた。
「また・・・・どうぞ〜・・・・・」
その頃2階の事務室では一糸纏わぬまま、倫周が細い身体をソファーに横たえていた。
未だ熱い吐息はおさまらぬままに・・・・・
白い肌にくっきりと浮かび上がった紅の痕は少し痛みを伴って、その所々に散らされた痕が
先刻の記憶を鮮明に蘇らせるようで。
「ど・・・うして・・・・・・・帝斗・・・・・・」
美しい大きな瞳からぽろりと零れた一筋の涙が頬を伝わって・・・・
と同時に側に慣れた香りを感じて視線を動かした先に帝斗の姿を確認して倫周はぎょっとしたように
ソファーの上から飛び上がった。
「帝斗っ・・・・!」
「倫、、、、なあにこの格好、、、、?
お前、、、ここで何してたの?」
うっすらと笑みが見え隠れしているものの、その奥にぞっとする程の恐ろしさのような気配を感じて
倫周は素肌を隠すことも出来ないままにその場に硬直してしまった。
が、次の瞬間穏やかに囁かれる言葉とは相反する光景が瞳に映り込んで大きな瞳は
見開かれたまま凍りついた。
「何をしてたのかって訊いてるんだよ倫、、、、
何で服着てないんだい?それに、、、、コレはなあに?」
素肌の上に纏わり付いた乳白色の液体をゆるりと指で絡め取りながら反対の手に持たれた黒色の
物体が空を切った瞬間に怒涛の如く叫び声が悲鳴を上げた。
「いやああああぁっっっ・・・・・・・!」
真っ白な背中に、一筋の紅い痕・・・・真っ赤に腫れあがったその痕が、
帝斗の放った革製の鞭だと解ったときに、細い身体は耐え切れずに意識を失った。
「お前のせいだよ倫・・・・・
お前が素直に紫月と寝たりするから・・・・・
どうしてもっと抵抗しなかったの?
ふふふ・・・・・可愛いね倫・・・・・・・
お前が目覚めたらたっぷりお仕置きしてあげるよ・・・・・
ふふふふ・・・・・・」
うれしそうにそう言って微笑む、帝斗の暗褐色の瞳はもう暮れかかった街並みを映し出して
闇色に揺れていた。
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〜FIN〜 |
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