双 星 |
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「そうさ・・・・・そうだよ。もっと裾たくし上げて・・・・・脚も開けよ。じらしてねえで全部見せるんだ。
いつも客にやって見せてるみたいにな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「はっ・・・・・何て聞き分けのいい・・・・・・・
ほう・・・・?下着も付けてないってわけか?此処(娼館)の奴らは皆んなそうなのか、それとも・・・・・・
単にお前の趣味か。どっちにしろ淫乱な畜生にかわりはねえってわけだ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ふっ・・・ん・・・・黙んまりか・・・・まあいいさ。ついでにそのまま腰振って見せろ。
お前らは客の望むことなら何でも言う通りにするんだろう?だったらここでそのまま腰を振って見せろよ。
そう・・・・そのまま・・・・・俺に挿れられているつもりでやってみろ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
東の空にゆらゆらと朱い月が姿を現すその時分、冷ややかな床の上で男に見据えられたまま
紫月は四つん這いになって着物の裾をまくって見せた。
美しく透けるような褐色の瞳は空に漂い、言われるままに腰を振る。
けれどもその視線の先にはまるで何をも映していないかのように感情のひとつも読み取れはしなかった。
恥ずかしいでもなく、嫌悪感もなく、そして反抗の意思さえも。
すべてが無機質で無感情な人形のように、漂う瞳は灰色に曇る。
「はっ・・・・この淫売めっ・・・・・!
ただ腰を振っているだけでもう”コレ”か。まさか本気で俺に犯られてるつもりだってか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「くそっ・・・・・いい加減っ・・・・何かしゃべれよっ・・・・なあ紫月っ!」
男の怒鳴り声と共に激しく擦れていた床の布団がぴたりと静かさを取り戻すと、紫月はゆっくりと
自分を見据えているその人物を振り返った。
その瞬間に男の額に剣が差し、頬の色がカッと紅に染まって、、、、、、
「一体っ・・・・・・何人の野郎にヤラせて来たんだっ・・・・・・・・このっ・・・・・・・
淫乱野郎がっ・・・・・・・・」
苛々と怒鳴り散らしながら、けれども紫月を見詰める男の瞳はどことなく憂いを映し出し、
それは酷く寂しそうにも感じられて、何よりも深く傷付いているといったように揺れながら
その色は紫月と同じ褐色に透けていた。
「言えよっ紫月っ・・・・・・・・・
一体何人にこの身体を与えたんだよっ・・・・・・・・・!?」
男の手がもう我慢出来ないといったように伸ばされて、決して華奢ではないどちらかといえば
男らしい紫月の肩先を捉え、抱き締めた。
「何人にっ・・・・・触らせた?
何人にっ・・・・・犯らせたんだ・・・・っ・・・・・・
どんなヤロウにっ・・・・・・!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お前も反応じたのか?
なあ紫月・・・・・・
客に犯られて・・・っ・・・お前もイったのかよっ!?」
頬を挟み、髪を掴み上げ、噛み付くように唇を奪えば次の瞬間には男の褐色の瞳から雫のような
涙が零れ落ちた。
「畜生っ・・・・・俺の・・・・・・・・俺だけのものだったのにっ・・・・・・
他のヤロウなんかに犯られやがって・・・・・っ・・・・・・
何よりっ・・・・・
お前も反応じてたってことが許せねえっ・・・・・・」
まるで縋り付くように自分の肩先を抱き締めながら涙を流しているこの男の様子にも
空を漂う紫月の視線の先には相変わらず何をも映ってはいないようだった。
「紫月っ・・・・・紫月ー・・・・・・っ」
荒く吐息を乱しながら毟り取るように身体中に愛撫を施され、身体は素直に反応させながらも
紫月はやはりぼんやりと瞳を漂わせたまま互いに欲望の到達のときを迎えた。
全身を伝う脱力感に乱れた床の上に身体を投げ出して、ふと見上げれば葺きだしの外に
月明かりが煌々と差し込んでいた。
「俺のものだよな・・・・・?
たとえ身体が誰にどうされようと・・・・・心だけは・・・・・変わってないんだろう?
お前のその心だけは・・・・・今でも俺だけのものだろう?」
すっぽりと背中から抱き竦められながらそんな言葉が耳を掠めて、、、、、
ようやくと開かれた唇から飛び出した覇気のないようなその声に男はぎょっとしたように紫月を
抱きかかえながら硬直し、動けなくなってしまった。
「あんたがそうしろって言ったんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・え?」
「俺はあんたの望んだ通りに従ったまでだ。あの時、、、、、、
此処に俺を置いて行ったのはあんただろう?」
「それは・・・・っ・・・・・・・・」
ゆっくりと冷ややかな瞳が振り返り、同じ色をした瞳と瞳が重なり合った・・・・・・・・・・
同じ色、
同じ形の、
瓜二つのその瞳が、
重なった・・・・・・・・・・・
「あんたが俺を此処に置いて行った。そうだろう?」
冷ややかな瞳は相変わらずに感情の欠片も映し出してはいない。
けれども褐色に透き通るその奥深くにぞっとする程の感情がうごめいているようで男は
硬直していた頬を更に蒼白く翳らせた。
そう、、、、お前が置いて行ったんだ、、、、、、
あの日、、、、
忘れもしない7年前のあの日、、、、、、、っ、、、、
「今更何を寝言みてえに、、、、あんたのことなんかもう当の彼方に忘れ去ってたっていうのによ?」
「紫月っ・・・あれはっ・・・・・」
慌てて起き上がり、ぐいと腕を掴んだ男の手を振り払いもしないまま紫月はくるりと顔を背けた。
何時の日か、、、、必ず迎えに来るからって、、、、、そんな曖昧な言葉だけで俺を置き去りにした、、、、、
あの日から、、、、、っ
俺がどんな思いで過ごして来たかなんてお前には解らねえだろう、、、、、?
いきなり客の前に引き摺り出されて、好きなように嬲られて、、、、、
辱められ、弄くられ、犯された、、、、、
失ってしまった俺のすべて、、、、、
気持ち悪くて毎夜襲って来る吐き気にどんな思いで俺が耐えて来たかなんて、、、、、っ
お前には解るまい、、、、、、
たった独りで何の前触れも無く、、、、
置き去りにされる気持ちがどんなものかって、、、、考えたことあるのかって訊きたいぜ、、、、、
この世で唯ひとり、、、、心を許した奴に放り出されたときの気持ちなんてお前には理解出来ねえだろう?
それなのに、、、、、
何を今更、、、、、
「紫月・・・・あのときはっ・・・・・
事情があった・・・・・・
どうしようもねえ事情が・・・・・・・だからっ・・・・・・・・
俺だって本当はあんなことしたくなかったけどっ・・・・
お前と離れたくなんかなかったって・・・・・そのくらい解ってくれてると思ってたっ・・・・・」
逸るように、謝るように、懸命に弁解の言葉を繰り返す男の言葉が耳元を掠めては消えた。
「紫月、だから迎えに来たんだ・・・・・約束通りお前を・・・・・
一緒に帰ろう?俺と一緒に此処(娼館)を出るんだ。これからは・・・・・
お前と2人で誰にも邪魔されずに暮らしたい・・・・・・
だから・・・・・
一緒に帰ろう・・・・な?紫月・・・・・・」
紫月・・・・・・紫月・・・・・・・・・・・・・・!
繰り返し呼び掛けられるその声に、熱く切なく心からの思いをありったけぶつけてくるその声、その言葉に、
確かにその意味は理解出来得たし頭の中ではその様までもが想像出来た。
置いて行く方も辛かったのだと充分に伝わってはきた。
だが紫月の褐色の瞳には相も変わらずに感情は映し出されてはおらず、
その意思は読み取れずにいた。
もう、、、、遅いぜ、、、、、、何もかも、、、、、
俺は変わっちまった、、、、
来る日も来る日も望まない客たちに強いられる望まない行為にこの身を引き裂かれながら
感情というものを失くしてしまったんだ。
だからあんなに望んでいたお前がこうして迎えに来ても格別の感情が浮かんで来ない。
うれしいのか悲しいのか実際に考えてみても行き着けない。
わからないんだ。
自分がどうしたいのか、どうされたいのかも。
「もうすぐ夜が明ける。そうしたら少しの荷物を持って此処を出よう。お前と暮らす処はもう決めてあるから。」
そう言って起き上がり、身支度を整え出した男にふいと口をついて出た言葉。
「お帰りになるならお勘定をお願いしますよ、、、、、、、」
そんな言葉が宙を舞い、二人の間のときが留まって・・・・・・・
「なん・・・・て?
今・・・・何て・・・・・・・紫月・・・・・・・・?」
僅かに震える声がそう尋ねる。
男の視線は聞き間違いではないかといったように不安げに揺れていた。
「ですからお勘定を。昨夜の私の御代を、、、、」
「なっ・・・・紫月・・・・・?
お前・・・・・・・何言って・・・・・・・・・」
「え、、、、、、?何か変でしょうか?此処は娼館。あなたはお客、そして私はあなたに買われた
ひとときの愉しみだ、、、、、」
「紫月っ!」
そんな言葉が信じられなかった。
確かに紫月の言う通り7年前に此処に彼を置いて行ったのは拭いようの無い事実に他ならない。
けれどもそうせざるを得なかった自分も又、今日まで苦しんで来たに変わりは無いのに・・・・・・
同じ形の瞳に互いを映したまま、しばらくはときがとまったようになり、けれどもほんの少しの後に
男はふいと微笑むと瞳を翳らせながら伏目がちに寂しそうな表情をした。
「そうか・・・・・そうだよな・・・・・・・
お前を取り戻そうなんて・・・・・俺のかいかぶりだったな・・・・・・・
こうして迎えに来ればお前が喜んで俺の胸に飛び込んで来るとばかり想像してたけど・・・・
それは俺の独りよがりだったんだな・・・・・・・
お前はもう・・・・・
此処の人間になってしまったんだな・・・・・・
此処の・・・・・花番と称されるにふさわしく君臨してるよ・・・・・・
お前が・・・・眩しいよ紫月・・・・・俺には・・・・
もう届かないものなんだな・・・・・・・・・」
寂しそうにそう言って懐から財布を開くと静かに札を取り出して男は重い腰を上げた。
もう二度と逢うことはないだろう−−−−−
西の空に淡い水色が浮かび上がり、白い月がその中に包み込まれる頃
遠くなる男の存在を背中に感じながら紫月の頬にひと雫の涙が伝わった。
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〜FIN〜 |
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