SUGAR BABY
「今夜はお前一人で行きなさい」

専務である一之宮紫月と共に夜毎に濃密な交わりを重ねてきた所属プロダクション社長の粟津帝斗に

そう指示されて、倫周は不思議そうに首を傾げながらエレベーターで紫月の待つ地下室へと向かった。

いつもは3人で繰り返す濃密な交わりの時間を、何故に今夜に限って紫月と2人きりで過ごせというのか?

その理由を倫周は何となく感じていた。

専務である紫月が先日自分をかばって業界の大御所である有名プロデューサーのところに単身で乗り込み、

二度と倫周らに手を出さないようにと直談判して来たという噂をどこからともなく耳にしていたからだ。

会う度にしつこく何度も何度も食事の誘いをしてくる例のプロデューサーの実態を帝斗や紫月から聞いていた為、

ボディーガードまでつけてもらい警戒していたのだが、どうにもらちが明かない為に紫月が直接乗り込んで

話をつけたというのである。

しかも噂によればその際に相当酷い目に遭わされたようで、いったい紫月は自分の為にどんなことを

されたのかということを想像するだけで倫周は身の毛がよだつ思いでいたのだった。





あの紫月が・・・・・

普段は少々強引なところのある、どちらかといえば快楽の為だけに自分を呼びつけては

適当に楽しんでいるだけだと思っていた、そんな紫月が・・・・

自分の為に身体を張ってくれたというのだろうか?

本当に、そんなことが・・・・・・・・・・?





紫月にとって、もちろん帝斗にとっても自分はただの快楽の為の遊び道具に過ぎないと思っていた。

毎夜の如く女の代わりのような行為を強いられるのも、こんな業界ではさして珍しくもないことなのだろうと

半ば諦めかけていたこの頃だったので今回の紫月の行動は倫周にとって酷く不思議というか、

信じがたい出来事だったのだ。















地下に着くと微かに漏れ出すピアノのメロディに誘われて、倫周はシックな洋風の扉を押し開けた。

少々重たいその扉が開かれたと同時に耳に飛び込んで来た鮮明なピアノの音色に、瞬間的に

びくりと肩を震わせて・・・・

広い部屋の真ん中に目をやれば頭上からの僅かなスポットの光だけに照らされて、浮かび上がったのは

ヘーゼルの髪を揺らして鍵盤を叩いている紫月の姿だった。

余程没頭しているのか自分が部屋に入って来たことにも気付かないといった様子で、紫月は

しばらく弾いては手を止めると、さらさらとペンを走らせていて、その様子からは作曲中であることが窺えた。



じっとそのまま、声も掛けずに只その様子を見詰めていて。



ふと、たまに俯きながら細める瞳が、演奏に没頭しながら瞑る瞳が酷く切なく感じられて、

何だか声を掛ける雰囲気ではなかったのと、やはり倫周にとってはこの紫月が自分をかばって

傷付けられたということがどうにも信じられずにぼうっとその場に立ち尽くしてしまっていたのである。

カタリ、と音と共にペンを置きふうっと深く溜息のつかれた様子に倫周は はっと我に返った。






「倫・・・・?」

「あっ、、、、あの、、、紫、、、、、月」

「なんだ、倫じゃねえか?どした?こんな時間に・・・・ひとりで来たのか?」

そう尋ねた声も心なしかいつもよりも張りが無く・・・・

紫月はどことなく沈んでいるというか、静かな感じがして倫周は恐る恐るリビングの中央へと足を運んだ。






「久し振りだな倫、元気だったか?」

まだ椅子に腰掛けたままそっと自分を見上げる褐色の瞳も心なしか寂しそうに感じられ・・・・・



「あ、、あの紫月、、、、ここ、座ってもいい?隣り、、、、」

「ああ、いいぜ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・?

「どした?ほら・・・来いよ、ここ」

「うん、、、、、」

遠慮がちに隣りに腰掛けて、だが一体何を話していいのか戸惑いながら普段なら感じたこともない

不思議な感情に囚われていくのを認識していた。

いつもこうしてこの地下室に訪れれば、有無を言わさずされることは決まっていて。

待ちくたびれたような瞳にうすら笑いを浮かべては、すぐにいやらしい行為を強いられるはずの、

そして半ば高められた頃に帝斗がやって来て、それからは2人の好きなように弄ばれる、それが

日常だったはずなのに。

紫月は椅子の隣りを譲ってくれたものの、特に何をするわけでもなく只ぼうっと楽譜を見詰めては

虚ろな瞳を持て余している、といったふうだった。





「あの、、、紫月、、、、それ新曲、、、、?」

やっとの思いでそう尋ねて。

「ん・・・・?ああ、そう・・・・お前たちの、さ・・・・・新曲」

「ふうん、、、、そう、、なんだ、、、、、」





あの、紫月−−−−−





そう声を掛けようとして・・・・紫月に先を越された。



「お前さ、何しに来たの?」

「え、、、、、、?」

「今日、仕事だったろ?さっきまで生(生番組)だったんだろ?ならもう寝ていいぜ。疲れただろ?」

「え、、、、!?、、、、、あの、、、でも、、、、、」

「いいよ遠慮しねえで・・・・そこ(ベッド)使っていいからもう休め。ほんとは家帰ってもいいんだけど、、、、

もう今からじゃかえって面倒だろうからさ?ここ、泊まっていいから。

あ・・・けど俺もうちょっとコレ(作曲)かかるからうるせえかもよ?」

「え、、、う、ううん、、、、平気、、、、」

「そう?ならうるさかったら言えよ。じゃ・・・・な。ゆっくり休めよ」

そう言って倫周をベッドに促すと紫月は又鍵盤に向かってしまった。

当然あるはずの交わりのときが、今宵はそんな気配もまるで無く・・・・

それどころか先にゆっくり休めだなんて。

どういう風の吹き回しなのかまるで解らずにしばらくは戸惑いながらもおとなしく言われた通りに

ベッドに潜り込んでいたものの、どうにも寝付けずに倫周は、くいと身体を捩った。







未だピアノに向かったままの紫月の様子をちらりと窺いながら、しばらくはもじもじとしていたが

思い切って起き上がるとタンっとベッドを飛び降りて一目散にピアノの側まで駆け寄った。



「紫月っ・・・・」

驚いて振り返った紫月の肩先を包み込むように抱きついて・・・・

「倫っ!??」

「あの・・・ね・・紫月・・・・・・っ・・」

「どした?眠れねえのか?あ、、、やっぱりうるさいかコレ?」

そんなふうに問われる言葉が不思議と歯がゆく感じられ・・・・・

「違うの・・・・・俺・・・紫月に聞きたいことがっ・・・・・」

そう言って言葉が止まった・・・・





「聞きたいこと?」

「ううん・・・・何でも・・・ない・・・・・」

「何だよ?ヘンな奴だな?遠慮しねえで言ってみろよ。何か悩みでもあんのか?」



・・・・・・・・・・・・・・・・



倫周はしばらく黙って俯いていたが、やがて意を決したように顔をあげると色白の頬を紅潮させながら

ぽつりぽつりと呟いた。





「あの・・・紫月・・・・・今日は・・・・その・・・・」

「、、、、、?」

「今日は・・・・・何もしないの?」

そう訊く頬が真っ赤に熟れて。

もじもじと又 下を向いてしまった倫周に紫月は言わんとしていることが分かったのか、

くすりと微笑むとやわらかに髪を撫でながら微笑んだ。





「余計な心配しねえで今夜はゆっくり休めよ。な、、、、?

今夜は何もしねえから。安心して、、、、」

そう言い掛けて。

「何でっ・・・・!?」

突然に食って掛かったような強い語尾にとめられた。



「何で・・・・紫月・・・・・もう俺のこと嫌い・・・・・?

やっぱり・・・・あんなことがあったから・・・・俺のせいで酷い目に遭ったから・・・・・・俺、嫌われちゃった・・・・?」

「なっ、、、、、」

「そうだろ・・・・?紫月・・・この前、俺の為に酷い目に遭ったって・・・・聞いて・・・・だからもう・・・・」

「何、、、言って、、、、誰にそんなこと聞いた?」

「誰って・・・・・・」

細々とした声が掠れて消え入りそうになったのと引き換えに、大きな瞳からぽろぽろと

真珠のような涙が零れ落ちた。

「ばか、、、、何泣いてんだ、、、、、誰もお前を嫌ってなんかねえよ。」

「うそ・・・・だって紫月・・・何も・・・・・してくれない・・・・・」

「何も、、、って、、、、、」

「おかしいよ・・・・だってそうだろ・・?いつもなら此処に来たらすぐに・・・・

やっぱり・・・俺嫌われちゃったんだろ?俺のせいで・・・・あんなこと・・・・・」

ぽろぽろと零れ落ちていた涙が頬を流れる程になって、小さく震えていた肩はしゃくりあげるように

びくりと竦んでいた。

そんな様子に紫月はたまらなくなって、がたりと立ち上がると震えている肩を引き寄せて

力一杯抱き締めた。

「紫っ・・・・・月・・」

「ばかっ、、、倫、、、、

俺が、、、お前を嫌うわけねえだろ?何でそんなこと、、、、そんなことあるわけねえよ、、、」

「紫月っ・・・・・」

「嫌われてるのは俺の方だろ?いつもいつもお前に好き勝手なことしてる、、、、、

お前、何も言わないけどわかってたんだ、、、、お前が本当に望んで此処に来てるんじゃねえって

ことくらい、、、、いつも俺と帝斗でお前を、、、、、好きにして、、、、お前、嫌だったろ?」

倫周は抱かれ慣れた広い胸元にぎゅっとしがみ付きながらぶんぶんと大きく首を振った。

「違うの・・・・・嫌なんかじゃないっ・・・・紫月っ・・・・・俺・・・・・

何て言っていいかわかんないよっ・・・・・紫月が俺の為にあんなこと・・・・・

ごめんなさいっ・・・・ごめ・・ん・・・・なさ・・・」

ぎゅうぎゅうとしがみ付きながら泣き崩れて。

「ばかだな、、、お前は何も気にしなくていいんだよ。そんなこと、もう考えるな。

あれは、、、俺の問題だったんだから。お前が大切だって思ったから、、、、お前だけじゃない、

プロダクションの他の奴らも皆んなそうだ。皆んな大切なんだよ。俺と帝斗の宝物だから。

自分の宝物を自分で守りたかっただけだ。お前らが気にすることじゃねえよ。

だから、、、ヘンな心配しねえでいいから、、、ゆっくり休め?、、、な?」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・」



「しょうがねえなぁ、、、ほら、じゃ一緒にベッド行ってやっから、、、、」

そう言って手を引かれ再びベッドに連れて行かれて。

それでも紫月は格別何をする素振りもないままにそっとベッド脇に腰掛けると、横になった倫周の

茶色の長い髪を撫でながら優しげに微笑んでいるだけであった。

そんな様子にいてもたってもいられずに・・・・















「紫月っ・・・・お願い・・っ・・・・・」

、、、、、?

「嫌いじゃないって言ったよね・・・・・俺のこと嫌いじゃないって・・・・・怒ってないって・・・・それなら・・・・・」



それなら−−−−−



「一緒に・・・・ここに居て・・・・・いつも・・みたい・・・・に・・・してよ・・・・・」

髪を撫でていた掌にくいとつかまると、真っ赤になった頬を隠すように恥ずかしそうにしがみ付いた。





「一緒に・・・・・いて・・・いつもみたいに・・・・抱い・・・・・」





溢れる想いそのままに、心のままに放った自らの言葉に、倫周は最高潮に熟れたような

真っ赤な頬を隠すかのように紫月の胸元にしがみ付いた。








「お願いっ・・・・・俺のこと嫌いじゃないなら・・・・・っ・・」

「倫、、、、、、?」

「お願いっ・・紫月・・・・・・俺・・・・好きなんだ・・・・紫月のこと・・・・・・

もちろん・・・帝斗のことも・・・・2人のことが・・・・・・・大好きだからっ・・・・・・」



だから抱いて・・・・



そんな想いをいっぱいに込めて抱きついた。頬を真っ赤に染めて恥ずかしそうに俯いて。

一生懸命にそんなことを言ってくる腕の中の細い肩先が愛しくて、紫月は戸惑いながらも

苦しい気持ちのままを打ち明けずにはいられなかった。





「なあ倫、、、俺ね、、思ったんだ。確かにお前の言うようにこの前は色々あったんだけどよ、、、、

その時にな、、、、思った、、、、、

俺たちのしてきたことはさ、、、あいつらのしてることと一緒なんじゃねえかって」



「え・・・・・・・・?」



「俺さ、、、、無理矢理お前を自分のモンにしてきたから、、、、、

お前が宝物だとか、守りたいとか大切だとか、、、そんな奇麗事言ったってさ、、、

実際お前を抱いて散々いやらしいことして、、、お前を苦しめたことに違いはねえって思ってる、、、

だから反省しなきゃって。これからはそういうことやめなきゃって思ったから。

なあ倫、お前のこと好きだよ。けど、、、だからこそもう今までみたいに酷えことしたくねえんだ。

お前の嫌がるようなこと、、したくねえから、、、、」

「紫月・・・・・・?」

「だから、これからはもうあんなことしねえって決めたんだ。今まで散々自由にしてきて

今更何だって思うかもしんねえけどよ、、、、許してくれな?

ごめんな、、、、倫、、、、」

切なそうに、そして時折は辛そうにそんなことを言いながらふいと瞳を翳らせた紫月に、

倫周は不思議とぞっとする程の寂しさのようなものを感じて、瞬時に沸きあがった言い知れぬ思いに

心が掻き乱される想いに駆られていくのを感じていた。















「嫌っ・・・・・・」



「、、、、倫、、、、、、、、?」



「そんなのっ・・・・嫌だ・・・・・・そんなの・・・勝手だよ・・・・・・自分の気持ちばっかり・・・・

俺の気持ちなんて・・何にも考えてない・・・・っ・・・・・・

俺は・・・・俺はっ・・・嫌だからっ・・・・・

紫月に何もしてもらえないなんて・・・・・その方がよっぽど辛いよっ・・・・」

「倫っ、、、?」

「こうして一緒にいるのに何もしない紫月の方がよっぽど嫌い・・・・・

いつもみたいに・・・・強引なくらいの・・・方が・・・・・・いいよ・・・・

お願い・・・いつもみたいに・・してくれよ・・・・・えっちじゃない紫月なんて・・・・嫌い・・・・・・だよ」



倫・・・・・・・・・・・



「俺のこと嫌いじゃないなら・・・抱・・・・・抱いて・・・・・っ」

恥ずかしそうに小さく発せられたそのひと言と共に勢いよく胸元にすがり付いて・・・・

紅く熟れた頬を隠すように顔を埋めた。





倫・・・・・・・・・・・





紫月はどうしようもない気持ちに駆られて。

しっかりとしがみ付いてくる細い肩先が愛しくて。

愛し過ぎて・・・・

どうして放ってなどおけるだろう?

たまらない気持ちにきゅっと繭を顰めながらも、ためらっていた手を差し出して、震える肩先をそっと包み込めば、

腕の中の細い身体はそれに応えるように瞬時に頬を摺り寄せた。

摺り寄せられた頬は再び零れ落ちた大粒の涙で濡れていて・・・・





「好きっ・・・・紫月が好きなんだ・・・・だからっ・・・だか・・・らっ・・・」

「倫、、、、、」

「お願いだよ・・・・・」

「倫、、、そんなこと、、言うな、、、、

そんなこと言ったら、、、、本気にするぜ、、、」

たまらない気持ちのままに零れた言葉が、触れ合っている肌を焦がしていく。

熱く、甘く、今にも蕩けそうな程甘くお互いを見詰め合って。















「紫月ぃ・・・・・・・・・」

「ばか倫、、、、っ、、、」

そんな照れ隠しの言葉と共に熱い想いが溢れ出し。

紫月は力強く倫周の細い身体を抱き上げると逸るようにベッドに沈めて覆いかぶさった。

言葉よりも先に唇を重ね合って、まっ白な首筋にそのまま熱い唇を押し付けて、綻んだ胸元の花びらを奪い取れば、

瞬時に湧き上がった甘い欲望に倫周の秘められたものはすべてを待ちきれないといったように登りつめていて・・・・・



「あっ・・・・んっ・・・・・・・紫月っ・・・紫っ・・・・・」

「ん、、、?倫、、、、どこ、、?どこがイイ、、、?」

「あっ・・・あぁぁっ・・・・そ・・こ・・・・そこ・・・・もっとっ・・・・」

「もっと何、、、?」

「もっと・・・・」

天を仰ぎ顰められた瞳と、額に僅かに滲んだ汗がどうして欲しいのかを真っ直ぐに物語っているようで

紫月は懸命にそそり立った倫周のペニスにくいと舌を這わせると潤みだした甘い蜜を愛しむように絡め取った。

「ひっ・・・ぁっ・・・・」





倫、、、倫、、、、、可愛い俺の倫、、、、

いろんなことがあって、正直自分に嫌気が差していて、この先どうしていったらいいのか

失いかけてたこの俺に、、、、

お前は俺に与えられた本物の宝物だ、、、、

そして、、、、

今の俺の状況を充分知り尽くしていて今夜倫をひとりで俺の元へよこした帝斗にも、、、、

本当になんて俺は幸せに囲まれているんだ、、、、

お前たちの温かい気持ちがあるからこそこうして生かされているんだってことを

改めて痛感したよ、、、、

倫、そして帝斗、、、

大切な俺の宝物

今までも、、、

そしてこれからも

変わることなくお前たちを想い続けていてもいいのか?

何があっても自分に正直に向き合えと、そう言ってくれているのか?

だったら俺は、、、、





腕の中で紅潮した頬が至福に輝く頃、紫月も又迫り来る至福の瞬間に素直に向き合うことが

出来るようで、今まで当たり前のように通り過ぎてきたことを改めて噛み締めるように

揺れていた褐色の瞳を閉じた。





愛してるよ・・・・倫・・・・・・・俺の・・・・・・・





そんな想いと共に砂糖菓子のように甘い闇が2人をやわらかに包み込んでいた。