蒼の国-永劫のかけら-
孫伯符がこの世を去ってから僅かに4年余りでその従臣であり義兄弟であった周公瑾はその後を追った。

史実では周瑜が亡くなったのは孫策の死後10年とされている。

蒼国の一同が天下三分の任務をおおよそ果たしてこの世界を離れたのが周瑜の死から

約5年後のことであった。

周瑜の早かった死が何故にもっと永きに渡りその活躍が記されているのか、

周瑜に似た面差しの倫周がそこに存在していたから?

人々の記憶にそれらが入り混じって語り継がれたのかも知れない。ことある毎に周瑜が口にした言葉。



「おまえはわたしなのだから」



あるいはそうだったのかも知れない。

遠く1800年の時を経て生まれ変わった自分に周瑜は出逢ったと、

そんなふうに感じていたのかも知れない。そう思えるほどにあまりにも面差しが似ていたから。

かつての、何もかもがその手中に入れらると思えていた若き日に、ひかり輝くあの海岸で

孫策が言った言葉を大切に心の奥底にしまってあったのかも知れない。



「なあ、あいつお前に似てないか?若い頃のお前にそっくりだぜ!」



だから放っておけなくてこんなにも愛しんだのかも知れない、まるで倫周が自分のように感じられて。

本当は全く別の人間なのに。



周瑜にとってそれ程深かったのは、おそらくは孫策が無意識に言った言葉、お前に似ていると言った

あの一言が何よりも大切だったのかも知れない。それ程までに孫策を大切に感じていたならば。

孫策も又、周瑜に似た面差しの倫周を心から愛しんで亡くなった。本当は2人が求めたのは倫周ではなく、

お互いだったのではないだろうか。無意識にお互いを求め、深く結ばれていたとしたら。

そんなふうに思わずにいられなかった。

倫周というひとつの物体を通して運命は2人を結んだのだと、思わずにはいられなかった。



孫伯符と周公瑾。

そして又、その生まれ変わりではないにしろ、似たような運命に突き動かされようとしている

一対の者たちがいた。一枚の紙の表と裏のように決して離れることの無い、だが決して

重なり合うことの無かった一対の。

遼二と倫周の新たな運命が幕を開けようとしていた。













周瑜が亡くなって江東の広い大地が春の花々で満開になった頃。

倫周は再び地獄と向き合っていた。周瑜が亡くなってその肌の暖かさを纏うことが出来なくなって

再び襲い来る身体の震えを押さえようと必死の日々が続いていた。

普通の人間にとってはたいしたことではないにしろ、倫周にとってはそれは想像を絶するような

地獄の日々だったのである。

孫策亡き後、自分を受け止めてくれた周瑜が逝ってしまって以来、又誰かにその代わりを求めることを

倫周は拒絶していた。2人が残してくれた大いなる愛情を大切にしたい気持ちが、誰かと触れ合うことを

拒んで止まなかった。



だが倫周にとってその心と身体は別のもののようにそれは容赦なく確実に襲ってきた。

日に日に酷くなる症状に倫周は今 まさに地獄の中にあった。震えが止まらない、どうしても止められない。

身体の奥底から湧き上がってくる感覚を抑えることは出来なかった。

そんな倫周の様子を見かねて、心から心配し、気使ってくれる者がいたのだけれど。

倫周のことを誰よりも理解している遼二が、すぐ側にいてくれたのだけれど。



「どうしてだめなの?もっと素直になれよ」

そう言う遼二に倫周は辛そうな表情をして言った。その顔は今にも泣き出しそうで。

「だって、だめだよ、俺は孫策や公瑾に愛されて、あれ程の想いを踏みにじりたくないんだ、

もう誰の腕にも抱かれたくない、、、ずっとひとりでいないと怖いんだ、あの2人があんなに愛してくれたのに、

誰かに寄りかかるなんてできないっ、、、」

こらえ切れずにすすり泣く倫周の腕をつかんで遼二は言った。

「俺でも、か?それが俺でもだめなのか?」



周瑜は最期に言ったじゃないか、ずっとお前を守ってやってくれって、俺にお前を任せるって

言ったじゃないか?どうして、どうしてお前はそんな気持ちをわからないんだ、どうしてもっと

素直になって俺を求めないんだ?本当は不安なのに、縋りたいのに、そうやって意地をはってばかり、

そのくせいつだって辛そうな表情しているくせに、、辛そうに肩を震わせて誰かに触れただけで

怯えるような表情をして、、



「なら、それなら俺がきっかけをつくってやる、、お前が一歩を踏み出せないんなら、俺がこうしてっ、、、」

遼二は強引に倫周を引き寄せると力一杯その上衣を引き裂いた。

倫周の白い肌が露になる。

「やめてっ、、!何をするんだっ、、、」

引き裂かれた衣服を一生懸命纏いながら倫周は身を屈めた。遼二の手から逃げるように床に屈んで。

「やめてなんかやらないっ、、お前が素直になれるまで、、、」

自分より力も上背もある遼二にはどうしたって敵わない、いくら倫周が武術に長けていても、

遼二も又おなじであったから。

倫周はどうすることもできなかった。



あっという間に唇を塞がれて吐息があがる。身体中が熱をもったようになって。

どんどん流されていく自分を感じる。周瑜のやさしく包み込むような愛撫と違い、

全てを奪い取るような強い力に倫周の身体はひとたまりもなかった。



「やだ、、やめて、、、遼二、、遼、、、っ、、」



とたんに虚ろになる瞳が遠くなる記憶を一生懸命つなぎとめようとしても、遼二の激しい力の前では

どうにも抗うことはできなくて。

身を任せてしまいたくなる、何もかも忘れて目の前の快楽の波に呑まれてしまいたくなる、

ああ、でも、、、



何かを振り切るように頭を振ると倫周は遼二を突き飛ばした。

「やだってっ、言ってるのにっ、、、!」

はあはあと荒く息使いと共に その表情は蒼ざめてとても辛そうだった。

そんな倫周の様子に遼二の感情も荒がって、大きな声で叫んだ。

「だったらっ、だったらそんな辛そうな顔すんなっ・・いつもいつも辛そうにして

肩を抱えて震えてるくせにっ、、!

誰かに抱かれなきゃ身体が辛くてしょうがねえくせにっ・・・」

そう言われて倫周は泣き崩れた。本当のことだから、どうしようもないことだから。

心が孫策と周瑜を求めてずっと2人だけのことを考えていたくても身体は満たされない。2人はもう

いないのだから。だから必死に耐えているのに、一生懸命一人でいられるようにとがんばっているのに、

どうして構うんだ、放っておいてほしいのに、どうしてっ、、?

誰かに触れただけでぞくぞくする、身体が熱くなって耐えられなくなって。

誰かに抱かれずにはいられない、



どうしてなんだ、どうして俺の身体はこんなふうに、普通じゃないっ、、、嫌だこんなの、、



両腕で震える肩を押さえ込むようにして耐えている倫周が痛々しかった。だから少しでも楽にしてやろうと

思ったのに何でこいつはわからねえんだ、、、

遼二の方は遼二の方でそんな倫周の態度が歯がゆかった。

「我慢できねえんだろ、、何でそんなに無理すんだ、別にお前が悪いわけじゃねえだろ?

孫策も周瑜ももういねえんだ、残った者で支え合って何が悪いんだよ、、又、昔に戻るだけじゃねえか、

孫策たちと出会う前の俺とお前に戻るだけじゃねえか、違うか?どんなふうにしたって

抑えられねえんなら結局は誰かに縋るしかねえじゃねえか、じゃなきゃお前がまいっちまうぜ。

もっと自分を可愛がってやれよ、お前が辛い思いして耐えて、それで孫策たちが喜ぶと思ってんのか?

なあ倫、、」 

そう言いかけて。

「違う、違うんだ、孫策が喜ぶとかじゃないんだ、俺が。 俺が思い切れないから、俺が孫策と周瑜を

忘れたくないから、、っ!あんなに大切にしてくれたんだ、忘れたくない、、っ」

震えながらそう言った。その震えを抑えるように側にあったソファーにしがみ付く。遼二はそんな

倫周の姿があまりにも痛々しく思えて側に座り込むとそっと震えるその肩を包んでやった。



「忘れなくていい、忘れんなっ、、いつでもお前は孫策と周瑜を想ってればいいんだ、けどこれは別だろ?

お前の身体は俺が受け止めてやるから、周瑜だってそう言ってたろ?あの2人だって

他の誰に任せるより俺といるのが安心なんじゃねえか?別にお前が俺と寝たからってあの2人を

裏切るってわけじゃねえだろ?お前が忘れなきゃそれでいいんだ。」

精一杯の気持ちを込めてそう言ってくれる遼二の気持ちが痛い程に伝わってきて倫周は又 涙が零れた。

しゃくりあげて泣きながら遼二を見ると切なそうな表情で言った。

「だって、それじゃ遼に悪いよ、遼の腕の中で他の誰かを想ってるなんて、失礼だろ・・?

せめて遼と一緒のときくらい遼のことを考えてないと、でも俺には自信がないんだ・・・いつでも頭の中に

2人が浮かんで、2人の笑顔が浮かんできて悲しくて・・っ・・・・」

ぼろぼろと又涙が零れる。 止め処なく流れ落ちて。



そんなの今に始まったこっちゃねえよ、、、



小さく呟かれたその声に泣きじゃくりながら倫周は顔をあげた。



え・・・・?



「何でもねえよ、いいじゃねえかそれで。それでお前が少しでも楽になれんなら、いいじゃねえか

2人を思い出して辛いんなら泣けよ、俺が側に居てやっからよ、、これ以上言わせんな、、」

そう言って遼二は煙草に火を点けた。

煙を吹かしながら外の景色に目をやる隣の存在が不思議と大きく感じられて倫周は涙が止まるような

不思議な感覚に包まれていった。



一服を終えると遼二は立ち上がって倫周を見つめた。

俺はもう何も言わない、あとはお前で考えろといっているようだった。

倫周も自分に向けられた瞳を見つめて。



「来いよ」



目の前に大きな手が差し伸べられて・・・

ためらっていた細い指が微かに動いた。



すっ、と倫周の細い指先がその手をつかんで、大きな手のひらが細い指をぐっと引き寄せて。

瞳と瞳が見詰め合う、自分の瞳に映るもう一つの瞳が霞んで見えなくなる程近くに抱き寄せて。

遼二は倫周の腕をつかんだまま、しばらくそうしていた。

頬が触れあう程の近い距離で時が止められたようになって。



「遼・・りょ・・・」



たまらずに倫周は自分から遼二を求めた。

唇が軽く重ねられて。

次の瞬間、深くその唇を遼二に奪われた。触れているところ全てが熱をもつ、

求めるままに倫周は遼二に身体を預けて、2人は深く結び合った。

お互いの手を、お互いの唇を、お互いの肌を、深く結ぶように求め合って、そしてひとつに繋がって。



これでいいんだろう?孫策、これで安心だろう?周瑜、俺はずっとこいつを守っていくから、

あんたたちの代わりにこいつを ずっと包んでいくから、、、!



江東に白花が舞う季節に2つの花が重なり合って。この広い大地をもっともっと広げる為に、

その在りし日に孫策と周瑜が夢に見た呉の行く末を見守る為に、

その意思を受け継ぐように遼二と倫周は遠く地平線の彼方に目をやった。






                                                        〜終〜