102000番キリリク-博多美人がやって来た- |
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いつものように特別貸切室で優雅にティーカップを傾けながら、喫茶室の常連客 倫周は贅沢なひとときを
過ごしていた。
時間は午後の5時。もうすぐ勤務が終了する憧れのウェイター、紫月を誘ってデートをしようと少々ソワソワしながら
神経を鎮めるのにいいというハーブティーを口にする。
一之宮紫月−−−−−
数いるウェイターの中でも一番の憧れであるこの紫月を誘うときが、倫周にとって最も胸が高鳴る瞬間であった。
今日は何て言って紫月を誘おう・・・・・・
仕事終わったら食事でも行かない?(・・・・がシンプルでいいかなぁ?)
それとも・・・・
新作の映画、見てみようよ(これも印象いいかも!)
もしくは・・・・
紫月の料理食べたい!(これだとマンションに行ける可能性大。イコールえっちに進展出来る可能性も〜♪)
と、そんなふうにシュミレーションを繰り返しながらドキドキと上がりの時間までを指折り数えて待っていた。
待っていたのだが・・・・・・
何となくいつもよりも喫茶室の方が賑やかしい様子に、倫周はふいと特別貸し切り室のドアを開けた。
するとそこにはウェイター連中がほぼ全員集まっていて、何やら楽しそうに騒いでいる。
長身揃いの彼らで遮られていたが、どうやら皆は紫月を囲んでワイワイと賑わっているようであるらしかった。
「ね、どうかしたの皆んな?楽しそうだね。」
にっこりと微笑みなども漏らしながら興味有り気にそう訊いて、だが自分に気付いたウェイター連中の、
長身の人垣がふいと開かれたとき、飛び込んで来た光景に倫周は一瞬息を呑んだ。
そこにはやはり紫月を取り囲んでの賑わいだったのか、憧れの彼が微笑みながらコーヒー豆を挽いていて・・・・・・
そんな普通の光景が何故に言葉も出ない程に倫周を硬直させたかというと、紫月の側で微笑む
見慣れない姿を瞳にしたからであった。
コーヒーメーカーを回す腕にふいと自然に寄り添って楽しそうに微笑んでいる見慣れぬその存在。
倫周は未だ言葉も出せないまま、不思議そうな表情で立ち尽くしてしまっていた。
そんな様子にウェイター連中が声を掛け、、、、、
「おー、倫!来てたんだー。丁度よかった。お前にも紹介しよう!」
「ほらー、こっち来いよ。紫月の昔からの知り合いで今日こっちに出て来たんだって。博多からー。」
「そそ!博多美人さんってわけだ!」
「お前と歳おんなしくらいじゃねえ?」
そんな言葉が雑踏のように耳を掠めたが、最早倫周の耳には何も入ってはいないといったふうだった。
ポカンと感情を失ったように立ち尽くし、大きな瞳が見詰める先は愛しい紫月に寄り添う見慣れぬ人のみで。
挨拶さえも忘れているといった様子に彼の人はふっと微笑むとにっこりとしながら倫周のもとへと
歩み寄った。
「こんにちは、はじめまして。あの・・・・倫周さんでしょ?」
「へ・・・・・・?」
そう言われて初めて我に返ったように大きな瞳をぱちくりとさせた。
「いつも紫月にお話を聞いていますよ?とても素敵なお客さんがいるのだって。
お会い出来てうれしいです。」
そう言って又微笑む。
その笑みがとても素直で幸せそうで、倫周は何とも言えない気持ちに駆られた。
「あ・・・・・どうも・・・・・柊倫周っていいます・・・・・あの・・・・・こんにちは・・・・・・・・」
ようやくの思いでそれだけ口にするのが精一杯だった。
呆然とする頭の中は既に目の前で微笑んでいるこの人物が紫月とどういった関係にあるのかということで
埋め尽くされていて・・・・・・
不安な心持ちと呆然としている感覚とが奇妙に入り混じって思考能力など無いに等しかった。
そんなふうに立ち尽くす耳元に明るい声色が飛び込んできて、倫周はハッとそちらを振り返った。
「じゃあ先に失礼するぜ!悪いな皆んな。」
見慣れたジャケットを羽織りながらそう言って、そのジャケットの腕にぶら下がるように添えられた色白の手が
先程からの焦燥感を絶対的なものに変えた。
「じゃあね〜紫月、お疲れさ〜ん。」
「バイバイ博多美人さん!ごゆっくりね〜。」
そんなふうに見送る皆の声の向こうに遠くなりながらも幸せそうに響いた会話が又しても全神経を硬直させた。
「今日はお前の好きなイタリアンだぜ?」
「ホント?わあ〜、久し振りだー紫月の料理!楽しみー。」
「ははは、、、、じゃあちょっくら腕振るうか?お前何食いたい?」
「うんー、じゃあね〜・・・・・前に作ってもらったヤツで美味しかったアレ!」
「おお〜、アレか!オッケー、オッケーお任せよー!」
そんな会話が遠ざかって消えて・・・・・・
ぼうっと立ち尽くした倫周の瞳には大粒の涙が潤んでいて、今にも落ちて零れそうになっていた。
「どした?倫ちゃん?」
ポンと肩を叩かれた瞬間に、零れそうになっていたそれがぼろぼろと頬を伝って落ちた。
「げっ!?どうしたんだお前っ!!?何泣いてんのっ!?」
「えー、マジマジ?何?どしたのー?」
次々と心配そうにウェイターたちが倫周を取り囲み、覗き込む。
その中のひとり、大好きな紫月と瓜二つの顔をした紅月の腕をぎゅっと掴むと、倫周は気が違ったように
泣き出してしまった。
「おわー、、、、どしたってよ?倫ー、、、、大丈夫かお前っ!?」
「紅ーっ・・・・・・んんーーーっ・・・・・・誰だよアレ!さっきのー・・・・・・紫月の何ーっ!?」
「は?さっきのって、、、、ひょっとして博多美人ちゃんのこと?」
「そうー・・・・!何で紫月と一緒に帰るんだよー!知り合いってどういう知り合い!?
昔からっていつからー!!!?」
バシバシと胸を叩きながら悔し涙をボロボロと流し、そんな様子に皆は面食らったように互いを
見合わせてしまった。
「紅なら知ってんだろっ!だって紅は紫月と双子なんだからー・・・・・ねえっ!教えてってばー・・・・」
えーん・・・・・・(TT)
普段は割合綺麗な顔をくちゃくちゃに歪ませて歯軋りをしている、といった様子に皆はなだめながらも
少々呆れ困ったように肩を竦めてはポリポリと頭を掻いたりしている者もいた。
「ほらぁ、、、鼻水出てっぞ、、、、美人が台無しだ倫、、、、鼻かめよなー、、、、」
ぐずる倫周の髪を撫でながら紫月の双子である紅月はそう言ってちり紙を差し出した。
ちーん(><)
「おーおー、いっぱい出たなー、、、、鼻水、、、、ほら、ちり紙足りるか?」
「ねえ紅・・・・今日・・・付き合ってよね!」
差し出されたティッシュを目の前に山と丸めながらぐずぐずの鼻声で、酒も呑んでいないのに
倫周は瞳をすわらせながらそう言った。
そんな様子に
「おー、泣くだけ泣いたら次は八つ当たりってか?今日はハッスルじゃ〜ん倫くん!」
クイクイと突付きながらそんなふうにからかったウェイターの白夜に、カッと瞳を吊り上げると今度は
大声で一喝する。
「うるさいーーーっ!!!白夜のバカーッ!大ッ嫌いっ!」
「おお〜怖ッ!今度はヒステリーだぜ!」
「んもーーーっ・・・・・あっち行けよーっ・・・・・・白夜とはもうデートしてやんないからーっ!」
「おーおー、まるで酔っ払いだな?
へーへー、言われなくても退散しますですよー、、、、どうせ今日は紫月のそっくりさん(紅月)とウサ晴らしだろ?」
べろ〜っと舌を出しながらそんなことを言った白夜に、倫周の方も負けじと舌を突き出すと、思いっきり
「イーーーーッだっ!」
と顔をしかめた。
「あ〜〜あ〜〜、情けないねえー、、、、これが大のオトナの会話かしらん?」
女言葉で喫茶室の責任者である帝斗がそう溜息を漏らせば、別の意味で顔面を蒼白にしている男の存在が
新たに又一人、
喫茶室を出て行く紅月と倫周の後ろ姿を見送りながらカウンターにもたれ掛かって力無さげに
瞳を歪めたのは若手ウェイターの遼二であった。
「遼二さん?どうかしたんスか?」
新入りウェイターの剛が不思議そうに顔を覗き込んだ瞬間に、遼二はこの世の終わりといったような
情けない声を出した。
「なあ、、、、、ひょっとして倫って紫月のヤロウに気があるってか、、、、、?」
こちらも又、今にも泣きそうな表情を漂わせながらきょろきょろと残った帝斗、白夜らを見渡した様子に
平然とした口調で無情なる答えが返って来た。
「あ?知らなかったのお前?ンなのもうずっと前からじゃん!」
「え〜、遼二って鈍感なんだー、、、、そんなの皆知ってるよねぇ〜?」
「あ、、、、俺も知ってましたよ。倫が紫月さんお目当てだってこと。」
新入りの剛にまでそんなことを言われて遼二は更に繭を吊り上げた。
まるで先程の倫周の再現、といわんばかりのその様子に白夜はポンと遼二の肩に体重をかけると、
「な〜んだよ〜?遼ちゃんは倫のことが好きだってか?そんでもってショック受けちゃったとかー?」
「へ、、、、、、? 好きって、、、、、お前、、、、、だってよー、、、、、」
「あ〜あ、情けねえ声出しちゃって、、、、ショックでマトモにしゃべれもしませんってか?
可哀想にな〜、遼ちゃ〜ん♪俺でよかったら慰めてやろっか?」
ベッタリと寄り掛かりながら頬にチュッと唇を押し当てられて遼二は突拍子もない声をあげた。
「ぎゃあーーーーっ、気持ち悪ィーことすんじゃねーよっ、、、、てめえー、、、、、白夜ーーーっ!」
「ンだよー、、、遼ちゃん寂しそうだから折角俺が慰めてやろうって思ったのによ〜?
人の親切心を仇で返しやがってー、、、、」
「誰が親切だってよっ!?クソ白夜ーッ、、、、気色悪ィーんだよー、、、、」
「ひっでーなあ〜、、、、俺結構イイ仕事するんだけどなあ〜?」
「何がイイシゴトだ、クソバカやろーっ、、、、人の気も知らねえーでよー、、、、」
真新しいトーションをくしゃくしゃにしながらキィキィと悔しがる遼二と、それを面白そうにからかう白夜、
そんな様子をポカ〜ンと見詰める剛を横目に見ながら喫茶室のオーナーでもある帝斗は呆れ顔で
ふう〜っと深く溜息を漏らした。
「あ〜あ、、、、なんでウチってこんな連中ばっかなんだろねぇー、、、、、」
閉店間際の喫茶室がそんな騒ぎで賑わっている頃、博多美人と姿を消した紫月がその後
どんな夜を過ごしたか、はたまた八つ当たりの矛先として倫周に強引に引っ張っていかれた紅月が
どの程度悲惨な目に遭ったかということは本人たちと神のみぞ知る。
ただ次の日につややかな肌を輝かせ、やんわりとした表情の紫月と、それとは対照的にげっそりと目の下に
クマを作ってうな垂れ気味の紅月を目前にすると、大よそこの2人がどんな一夜を過ごしたのかということは
想像するに容易かった。
かくして今日も又 明朗快活、難攻不落を同時に抱えたような喫茶室の波乱万丈な一日が賑やかに
始まりを告げるのであった。
〜おしまい〜
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◇◇◇オマケのワンショットコ〜ナ〜☆紅月&倫周のその夜の経過報告◇◇◇ |
「ねえ紅っ・・・ご飯ー!今日はイタリアン作ってよねっ!!!」
強引に押しかけた紅月のマンションで、まだ鼻声でずるずるとちり紙を抱えながらふてくされたように
倫周はそう言った。
「ああーっ!?マジかよー、、、、俺メシなんて作れねえーぜ、、、、いっつも外食オンリーだしー」
「何でよっ・・・・そんくらい出来るだろーっ!!!紫月はあんなに上手なんだからーっ!」
ぎゃあぎゃあと不満のオンパレードでがなりたて・・・・・・
そうかと思えばすぐさま涙目になってグズグズと鼻をかみ、、、、、、、
紅月は参ったなぁというようにリビングのソファーにダイブすると、そのまま寝た振りを決め込もうとしてみたが
そんな態度が倫周の神経を逆撫でしたのは言うもでもなく、案の定腹の上に馬乗りになられては
バシバシと容赦なく叩かれたりしていた。
「おわぁ〜〜〜、わーった、、、分かったからー、、、、作ってやるってイタリアン!」
「ほんと・・・・・・?」
「ホ、ホントッ、、、、、作る、作るよ〜イタリアン!」
「絶対?」
「うん、すげえ美味えの!」
そう言うと馬乗りになられた状態をクルリと引っくり返して今度は倫周を組み敷くように覆い被さった。
「うわぁー・・・・・なんだよ紅っ・・・・・・・いきなり何すんだって・・・・・・」
そう言うなり唇を塞がれて、息も出来ないくらいに長い長いくちづけをされた。
「いやだ・・・・紅・・・・・何すんだよ・・・・・・・こんな・・・・・の・・・・・」
思わず抵抗の言葉がついて出たが、そこは淫乱受け子の健康優良児のこと、ちょっとキスでも
与えてやったものならばすぐさまトロリと瞳を潤ませて頬を紅潮させるのは扱いやすくもあるわけだった。
そんなことをすべて分かっているように紅月はクスリと笑みを漏らしながら腹の中では
作戦大成功とばかりにせせら笑っていたりした。
うひゃ、、、マジでこんなもんっしょ?こいつってホントにエロいからなぁ〜、、、、
ちょっとキスでもしてやさしく見詰めてやりゃあこっちのモンさ、、、、
バカを黙らせるにゃコレが一番ってか? そんじゃ〜、もいっちょイッテみっか〜〜〜?
にやにやと笑った顔を引き締めて、倫周の方へと向き直すと今度はとびきり甘い声を出しながら
胸元へと顔を埋めた。
「なあ、、、、倫、、、、メシなんか後でいいからさ、、、、、俺お前が食いてえ、、、、、
先に、、、、、しねえ?」
とろりと見詰め、紫月の言い方そっくりに真似までしてみせる。
すると倫周は思惑通り錯覚をおこしたようにくったりと紅月の胸元へと身を預けた。
「こ、紅・・・・・・・・・やだ・・・・・・そんな顔しないでよ・・・・・・・紫月にそっくり・・・・・・・・
声も・・・・・・・話し方も・・・・・・顔も・・・・・・なにもかも・・・・・・みんなそっくり・・・・・・」
「紫月、、、、、? そんなことどうでもいいさ、、、、、、、そんなこと考えるなよ倫、、、、、、
あいつのことなんかどうでもいいから、、、、、俺だけを見ろよ、、、、、、、」
やさしく頬を撫で、唇を奪い、熱く抱擁して・・・
倫周はまんまと紅月の仕掛けた罠に嵌ると、二人はそのまま甘い逢瀬の渦の中へと落ちていった。
そうして激しく求め抱き合い、疲れ果てて眠りこけ、うとうとと倫周が目を覚ましたのは
もう夜も更けた頃だった。
「ねぇ紅・・・・・起きてよ紅ってばー!」
ゆさゆさと気持ちのよい睡眠を邪魔されて、寝ぼけ眼で返事をした紅月に今宵最大の
災難が振りかかったのはこの直後のことであった。
エロに没頭し過ぎてくたびれ果てていたのがいけなかったのか、、、、、
思い出したようにぐずり出した倫周に半ば面倒くさそうにカラ返事で言ってしまったひと言が、
紅月を災難の底へと突き落としたようである。
「ねえ紅ー・・・・・紫月、どうしてるかなぁ・・・・・?
もうこんな時間だしあの博多から来たっていうヒトも帰ったよねー・・・・
ちょっと電話かけてみようかな・・・・・・?」
「ああー???電話だー?
よせってバカッ、ンな無粋なことすんなよー、、、、今何時だと思ってんだって、、、、」
「だってー・・・・・ちょっとだけでも声聞きたいんだもん・・・・・」
「バカッ!やめとけって!それにアッチはあっちで盛り上がってんだろーが、、、、
邪魔すんなよー、、、、」
「えー・・・・・だってもう帰ったでしょ博多のヒト・・・・・幾らなんでもこんな時間までいないよね?
新幹線乗れなくなっちゃう・・・・・」
「ばーか、、、、帰るわきゃねーだろ、、、、博多まで何時間かかると思ってんだよ、、、、
今日は泊まりに決まってるって!
それにー、、、、今頃はあいつらだってお取り込みの最中かもしんねーだろー?
邪魔したら悪いしー、、、、ヘンなこと言ってねえでおとなしく寝てろよー、、、、ふあぁぁぁ〜〜〜」
ツンツンと腕を突付かれるのがうっとうしいとでもいうように、大あくびをしながらそんなことを言って
寝返りを打った紅月であったが、その横で顔面を真っ赤にしながら怒り爆発寸前の存在が
ワナワナと肩を震わせているのに未だ気付けずにいるのも又、
彼特有の悪気のない、呑気な性質のなせるわざといったところか?
くうぅぅぅぅーーーーー・・・・・・
ぷるぷるぷるぷるぷるっ・・・・・・・・・・・
「ちょっと紅っ!」
「紅ってば!!!」
「あー、、、、? あんだよ、、、うっせー、、、、、、、、、、
!!???
、、、、、、、、、な、、、、」
煩わしい虫でも追い払うように呼ばれた先を振り返った紅月の悲鳴が、その後マンション中に
響き渡ったかどうかは定かではない。
〜おしまい〜
こちらは102000番を踏んでくださったあいかわ由佳さまのリクエストで書かせていただいたSSでございます。
素敵なリクエストありがとうございました(*'▽'*)
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